文科省主導から官邸主導の教育改革へ

 2010年代の小学校英語政策が2000年代までと異なるのは文科省主導の政策形成から官邸主導に変わった点ある。

 もっとも文部省外部の政策決定への参加者、たとえば臨教審や財界も小学校英語に関する政策提言を行っていた。が、それらは象徴的なアピールであって、文科省に具体的な政策提言を行うものではなかった。

 しかし、10年代は官邸が文科省を飛び越えて英語教育改革を具体的に提言するようになり、文科省のイニシアティブは大いに低下した。

 2013年4月25日に「第二期教育振興基本計画について」が答申される。ただし審議過程でも答申でも、小学校英語について注目すべき主張はなかった。しかし、6月、第二次安倍内閣における閣議決定で、「第二期教育振興基本計画」が策定され、ここには中教審答申には一切言及のなかった小学校英語の教科化・早期化が盛り込まれた。

 これを受けて、文科省は同年12月13日に「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」を出す。小学校中学年から「外国語活動」の形態の英語教育を週に1〜2コマ、学級担任が中心となり指導にあたるもので、コミュニケーション能力の素地を養うことを目的とする。高学年では「教科型」の英語教育を週3コマ程度実施する。ここで文科省でも英語教育の早期化・教科化に向かい始めた。

 問題なのは、2013年6月に閣議決定された早期化・教科化プランが少なくともオープンな会議で時間をかけて議論されたわけではないということだ。

 一方、2013年の英語教育政策論議では、教育再生実行会議や産業競争会議に委員として参加した財界人の存在感が増した。

 当時の教育再生実行会議の委員15名のうち、企業経営者は3名で、しかもそのうち2名は教育産業ですらない。それより前の2004〜07年の国語専門部会には企業経営者は一人もいなかったのに。

 議事録を見ても、財界人の英語教育論には、教育・学校の論理よりはビジネスの論理が目につき、グローバル化の中で日本が生き残るためにいかに英語教育が重要か、その点で旧態依然たる英語教育がいかに経済成長の足かせになっているかをしきりに訴えている。

 2014年から2月に発足した「英語教育のあり方に関する有識者会議」では、前年12月の文科省の「改革実施計画」をベースにし、文科省事務局が明確に「教科化・早期化は大前提」という方向付けで議論が進められ、9月26日に「今後の英語教育の改善・充実方策について報告ーーグローバル化に対応した英語教育改革の五つの提言」を発表する。これはすぐに中教審に送られ、新学習指導要領の改革案の目玉として審議される。審議は2年続き、2016年12月21日の中教審答申を受けて翌年2017年3月、新学習指導要領が告示され、教科化・早期化が正式に決まる。

 保護者や世論は小学校英語の必修化を歓迎した。しかし、この圧倒的支持は過剰な楽観でもある。単に早く始めただけでは教育改革の切り札にならないことや条件整備の面で多くの課題があることは関係者・研究者の間では周知の事項だったからだ。

 保護者を対象とした意識調査の結果では、小学校英語の効果に期待している人ほど必修化を支持しやすく、逆に子どもへの悪影響を懸念している人ほど支持しにくいことがわかる。

 一方、教師の英語力不足・外国人教員の不足・指導内容のばらつきといった現行の教育環境の不備に対する制度面の不安を抱いている人ほど必修化を支持しやすいという意外な結果もある。おそらく教育環境の面で不備があるからこそ、必修化によって抜本的に改善されることを期待した人が多かったのではないだろうか。

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