食べるということ
所狭しと積み上げられた段ボールの箱も、明日にはもうなくなってしまう。
そして、今日もまた私たちは食材をもらうために走り回る。
児童養護施設で出会った子ども達を、地域で支えたいと福祉施設を飛び出してNPOを立ち上げたのは、ちょうど、次女を出産する数日前の事だった。
定員超過の為に施設で見ることができない子どもたちが、虐待をされると分かっている家庭に帰っていくのを見るのは辛い。
虐待の可能性のある家庭の傾向として、十分な食事が摂れていないというのがある。
実際に、保護をされてやってきた子ども達の中には十分なご飯を食べる事ができていない家庭もあった。
そして私は子ども達へ食事を提供する活動を始めた。
私は栄養士だから、食で子供たちの未来を支えたいとずっと思ってきたのだ。
「子ども達にお腹いっぱいご飯を食べてもらいたい」ただそれだけの思いで始めた活動だった。
食パンを見て「ごちそうだ!」と喜ぶ子ども。
親代わりに兄弟にご飯を作っているという小学生。
食べるものがなくて万引きをしてしまった子ども達。
活動をしていると、色々な子どもたちの存在を知る。虐待を受けて逃げている子どももいた。DVから逃げて来た親子もいる。
言葉で表現するのも嫌なくらいに憤りを覚えるこの現実を、受け止めることしかできない。
ただそっと受け止め、寄り添う。私達にはそれくらいしかできない。支援者と言う存在は非力なのだ。
親からの信号がないと、子ども達を助ける事はできない。
そして、小さければ小さいほど子どもたちはSOSを言葉にできないから、表情や動きから想像をするしかない。
子ども達のための居場所を作った。
食の力は凄い。美味しいお菓子や、ご飯で満たされた子どもは、次第に心を開こうとする。時折警戒するように、悪態をついてみたり思い切りぶつかってみたりしながら、反応を確かめるようにそっとこちらの様子を窺う。ゆっくりと、少しずつ近づこうとするのだ。そして私たちはその信号を掬い上げるようにただ受け止める。
同じような活動をしている団体が、食材集めに苦労をしなくて済むようにフードバンクを立ち上げた。
それをきっかけに、同じように悩む支援者達と関われるようになった。
子どもと関わるという事は、親たちと関わる事でもある。
様々な事情を抱えた親たちもまた、悩みながら子育てをしているのだ。誰にも相談できずに孤立をしている親も多く、その多くは困窮状態に陥っていた。
こんなにも食材が溢れるこの時代に、「食べるものがないから、食材が欲しい」と相談が連日来るこの状態に、社会のアンバランスを感じずにはいられない。
私達は子どもたちの未来の為に、動けているのだろうか。
そんな葛藤を抱える毎日だ。
春になると、「卒業しました」「就職しました」という連絡を頂く。
子ども達が未来に向けて歩き出すのをそっと見守りながらエールを送る。
そして、笑顔で去っていく子どもたちの背中を見ながら、
この子たちが安心して自分の未来を描けるために、できる事をしていかねばと思うのだった。
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