広島市立大学|美術学科むけオンライン講座原稿| #展示技術講座
この記事は、広島市立大学芸術学科にて2021年11月にリモートで行われた講座の原稿です。その後、幅広い人に読んで欲しく推敲をかさねました。今回は、僕がインストーラーという仕事をどう考えているかという部分を大事にしながら書いてみました。過去の職業紹介記事とは少し違ったものになったと思います。
加えて、兼業作家という生き方を肯定的にとらえて話しています。宮路の解説後に広島市立大学の菅先生と、ウェブやインテリアデザイナー、通訳翻訳やカメラマンにライターなどの他の事業と作家業を上手く併せ持っている事例などの話をして授業を終了いたしました。
収入源を分散させることはリスクヘッジの基本でもあります。これを読んでいただけた方には、今までより少しでも柔軟に生きていけそうな気分になってもらえたらと思います。
はじめに
こんにちは、今日は菅亮平先生にお声がけいただきインストーラーという職業について話します。ここ数年、展示技術者/アートインストーラーという職業の認知度は上昇傾向にあります。ただ、インストーラーとはそもそも何なのか?その具体的な仕事はどの様なものなのか?まだまだ明確ではありません。明確にする必要があるのかも考えるべきだと思っています。
美術やアートという業界は、世界的にも日本的にも地方ルールが多いなと感じています。地域や施設ごとに独自の会計システムや設備のルール、仕事の進め方などにも違いを感じます。みなさんには、今回お話しする内容が正しいと思いこむのではなく将来色んな事例に柔軟に対応できるよう心構えをするようなつもり聞いていただければ幸いです。
今回は、世界中から集まった人達で動かしている国際展の現場から日本の地方の現場まで紹介します。それらの話から出てくる様々な視点をヒントにして、どうやって「展示」と関わっていくか考えてみてください。(上の画像はシドニービエンナーレのクルー。フェリーでコカトゥーアイランドに通ってました)
それでは自己紹介から始めます。
自己紹介|アーティストとインストーラー
学生時代、僕はアーティスト志望でした。今でも海外で製作発表をしたりしています(あまり肩書を気にせず生きています)。何か新しいものを作りたいと考えている人ではあります(どういった人生を歩んできたかについては以下の記事がおすすめです)。
もともとは、新しい知識や体験、思考方法なんかを手に入れるために作品を作っていました。何か新しいものを作りたいなとぼんやり思いながら学生を終えて海外を旅していました。(下の画像はルールを彫刻していたころの作品)
アーティスト・イン・レジデンスの仕組みを利用して海外で滞在制作することもあれば、ワーキングホリデー制度を利用したり、海外企業に就職したこともありました。作家として生きていくことにこだわりすぎず、新しい経験をつむことを第一に考えていました。(リンクは香港で就職していた会社)
主にアーティスト・イン・レジデンスをベースに活動していたのですが、作家として収入を得ることは非常に難しかったです。最初は副業で始めたインストールの割合が徐々に増えていきました。インストールの機会が増えるにつれて、作家を続けるよりもはるかに多くの作品を作り展示をできるインストーラーという仕事にはまっていきました。意図して始めた職業では無かったのですが、自分には凄く向いている職業だと今でも感じています。
肩書を持つことには未だに違和感がありますが、インストーラーという肩書はかなり受け入れ気味です。本当はあまり肩書的なことで自分の行動を制限されることは好きではありません。ですので、今日はインストーラーがただの展示作業員ではないことを話したいと思います。インストールという概念も将来的により広がりを持つようになればいいなと思ってます。(写真はオーストラリアで大工をしていた時の工具。意味はありません)
(今回は深くは話しませんが、僕自身は「作家として制作すること」と「インストーラーとして展示」をすることはそれ程違いはないと考えています。以下の記事にその考え方のヒントがあるかもです)
職業紹介|職人さんとインストーラ
現段階でインストーラーの職業をイメージできている学生さんはあまりいないと思います。ざっくり言うと以下のような作業を仕事として行っています。
僕は、上記の作業を全てできるように知識や技術を増やしています。ただし、一人で全ての作業を行うためではなく、全ての作業を把握するためという側面が強いです。ほとんどの作業は外注可能で美術館などの大きな現場ではディスプレイ事業者や美術運送事業者などに発注されています。
美術館クラスの展覧会になるとディスプレイというジャンルの展示施工専門の業者さんが入り、壁はディスプレイに所属する大工さんがたてることが多いです。その方が効率的で経済的だからです。(複合的なインスタレーションを少人数でこなす場合は自分で壁を建ててます)
上の写真は一例ですが、美術館だと高さ4.5m〜10mくらいまでの壁を建てます(もっと高い壁が必要な館もあるかも)。この大きさになると人数も必要なので沢山の職人さんが現場にきます。職人さんは大型展示には欠かせない存在だといえるでしょう。
では、全ての展示施工を大工さんや電工屋さんがこなせば良いのでしょうか?職人さんでは難しい部分はなんでしょうか?特殊な造作や複合的なインスタレーションなどがインストーラーが得意とするところです。例えば塩田千春さんの展示。この作業の経験のある職人さんはおらず、インストーラーは誰よりも素早くこの作業のコツをつかむと思われます。
壁たてなどの一般的な作業は、同じ作業を反復しているため職人さんの方が熟練しています。逆に、アートインストーラーと呼ばれる人たちはアートリテラシーが高い人が多いと思います。その作品にとって何が大事か、微妙な細部を決定する作品への理解などはインストーラーと呼ばれる多岐にわたる作業をする人たちのほうが得意だと思います。
職業的にどちらが偉いかという話はしていません。両者がいなければ大きな展覧会は成立しないと考えています。僕は、大きな現場では職人さんとアーティストをつなげる接着剤のようなポジションをイメージして仕事をしています。小さな現場では全て自分で把握してこなせる用に日々勉強しています。
installという言葉から考える
視点をかえて、言葉からインストールとは何か考えてみましょう。とりあえずgoogle検索してみました。
動詞であるinstallはラテン語を語源にしているようですね。例文の部分を意訳していますが、以下のような感じでしょうか?
この二つの意味に共通することは何となく以下のような意味ではないでしょうか?
insatllを設置と訳しているようでは理解が浅いと個人的に考えています。使用できるために調整したりパラメーターをいじったりする必要があります。もっと言えば、作品が本領を発揮できる場所に設置するという場所の選定もinstallに含まれてるかもしれません。
インストーラーという職業領域を超えているかもしれませんが、僕の仕事には製作補助や展示のためのアイデアだしも含まれる場合があります。その場合は作品というレイヤーよりも初期段階にあるアイデアをどう作品として発揮させるかという部分も補っています。
さらに言えば、作家が知らなかった技術の提案が作品のアイデアやコンセプトの部分を変換してしまうこともあります。提案した技術が持つ構造/仕組みが作家のアイデアに深くリンクしている場合はよくあります。それに反応するように作品のアイデアに対する作家本人の理解が深まったり変容したりすることもあります。
ここまでくると作品制作とインストールはかなり曖昧になぅてきますね。作家のアイデアが本領を発揮できるようにしつらえることは制作でもインストールでもあるのではないでしょうか?
作家の作品をインストーラーが作っていると主張したいわけではありません。ただし、共同制作となるか制作補助となるかインストール担当となるかは程度の話なのだと思います。ですが、「作品がその機能を発揮するかどうか」に対するインストーラーの影響力はどこまで行ってもゼロにはならないと確信してはいます。
インストール具体例|海外の現場
それでは具体例の紹介を始めましょう。まずはスケールの大きなインストールの例です。下の画像は22nd-Biennale-of-Sydney-2020-Exhibition-Reportより。きちんとINSTALLERSに名前がのっています。ちなみに21st2018年にも載ってますし23rd2022もお声がかかってます。(オミクロン流行のため、23rd2022は辞退しました)。日本でもインストーラーの個人名がクレジットされることがポツポツ出てきています。
日本に住んでいる僕にお声がかかるくらいにシドニービエンナーレは事務局からしてかなりインターナショナルチームで実行されます。そもそもオーストラリアは移民が多く、この国に来たばっかりの人達も社会で沢山働いています。ワーキングホリデービザを使い旅行中のインストーラーが参加していたこともありました。
仕事に対する考え方が違う人たちが集まって仕事することは大変良い経験になりました。また、海外特有の設計思想は凄く刺激になりました。それでは写真をみながら説明していきます。
(授業ではシドニービエンナーレの画像や映像を見せながら説明しています)
基本的はにcockatoo islandという会場の話をします。まず、規模がとてつもなく大きいのがご覧いただけると思います。Boom liftやScissors liftと呼ばれる高所作業車を何台も使いながら展示していきます(画像はBoom lift)。インストーラーの人数は意外にも少なく30人ほどだと思います(その代わり、インストール期間は長いです)。
チーム編成も面白く、木工スペシャリスト、金属スペシャリスト、塗装スペシャリスト、映像音響スペシャリスト、レジストラー/Art Registrarと呼ばれる作品管理をする人、リガー/Riggerと呼ばれる吊りものスペシャリストなどなど色んなスペシャリストがいました。ちなみに、オーストラリアではリガーはライセンスが必要で吊りもの展示はライセンス無しでは行えません。
日本人参加作家の柳幸則さんの作品などはinstallerが実作業するには荷が重すぎるため建設会社の人が入りコンテナをくみ上げていました。このような場合は、作品にとって重要な仕様をいかに建設会社に伝えられるかが肝心です。
大規模国際展レベルのインストールになると一人のアーティストがコツコツ作品を作るというスケールを超えたプロジェクトがいくつもあります。もちろん一枚のペインティングも2分程度の映像作品も展示されます。ただ、大きな作品というのは国際展には必要になってきています。そういった時にインストーラーがいなくては立ち行かなくなってきている状態が現在だと言えます。
展示のスペシャリストは存在するのか?
それでは視点を日本国内にしてみましょう。今年、同じく広島市立大学で講義をされた村山悟朗さんの展示を例にお話しします。
こちらはだいぶ規模が小さくなります。それでも複数人のメンバーを核に多くの人が関わっています。最初は作家とパフォーマンス演出構成の楊いくみさんと展示技術の僕の3人から始まりました。途中でシステムに稲福孝信(HAUS inc.)さんを招き入れて4人で全体の構想を練ったかたちになります。
規模は小さいですが、ここまで複合的だと一人の人間の知識や経験ではとても達成できない展示になっています。木工や金属加工、映像音響機器、吊りもの、システムのネットワークや単管での構造物を造る技術などなど、かなり複合的な知識と技術が必要です。ネットワークやシステムのプログラミングなどは僕では力不足なため稲福さんにヘルプをお願いしました。
1人の人間ができることの限界は以外とすぐにきてしまいます。自分の作品に複合的な技術が必要であれば、学生のうちから色んな人と協力して何かを作っていくのはありだと思います。
村山さんの展示は作家1人がマネジメントするのは難しい領域です。コーディネーターやプロジェクトマネージャー、制作進行と呼ばれる人が関わっていても良かったかもしれません。次のチームにはコーディネーターと呼ばれる人が登場します。
規模や難しさ以外にも良さはあるはず
村山さんの例も、学生が真似をするにはハードルが高いと思います。ここでマユンキキさんという作家の展示について【リサーチ→計画→インストール→展示記録】と順をおって見てみましょう。高い技術力や大きな予算がなくとも「良い展示」はできると思います。マユンキキさんの展示にはヒントになりそうな気遣いが多々見られます。
ここから、授業ではマユンキキさんの記録映像と計画書を見せながら説明しています。ネットに公開できない情報も多いためご理解ください。授業での使用許可は得ています。
マユンキキさんは元々は歌を歌う人で、アートの展示に関わりだしたのは2020年3月からになります。まだ作家歴1年たってないとも言えますね。映像からわかる通り、展示には難しい技術は一切使われていません。こちらは、リボーン・アートプロジェクトという企画で展示されました。
最初に工藤さんという展示計画を立てる人と作家、記録映像を撮影しているnoizさん。遠隔でコーディネータの細川さんが話しています。会話から彼らが丁寧に鑑賞者の体験を想像しながら展示の構想を練っているのがよく分かると思います。
そのあと、みんなで協力して展示計画を立てます。マユンさんは彫刻や絵画のような物としての作品を作っていません。キャプションの発注やライトの変更などを中心にローカロリーな計画がされていきます。少し難しいカッティングシートや映像の設置は、事務局側のインストーラーに伝わりやすいように計画書にまとまっています。
この時事務局側にいた映像系のインストーラーが僕でカッティングシートなどはstudio stepの広瀬さんによってインストールされました。
作家とコーディネータの二人がコツコツと手作業している映像も実に楽しそうです。最後にどんな展示になったのか記録映像をみてみましょう。PDFの展示イメージそのものではないでしょうか
このように、自分たち+αでできるような計画(外注する時、相手に何がしたいのかキチンと伝える力が必要)は凄く重要です。加えて、プロジェクトを進めるマネジメント力がマユンキキさんのような作家には必要だと思います。
マユンキキさんの展示は学生の皆さんでも技術的には可能ではないでしょうか?少なくとも、展示技術の授業を大学に取り入れれば学生だけでも十分に展示可能です。
ただし、いくら技術があっても鑑賞者を気遣った気の利いた展示ができる人は多くないと感じています。みなさんには、以下のことを意識しながら展示を繰り返してほしいと思っています。
展示をつくるにはチームが必要だ
マユンキキさんの展示を、展示を作るチームとして見てみましょう。チーム構成は作家とコーディネーター、展示プランを考える人、映像記録やライブ配信の制御をする人の4人をメインに動いていたと思います。実作業は芸術祭事務局が依頼したインストーラーが一部手伝いました。
こういったバンドマンみたいに主要ポジションのメンバーを引き連れて世界中を回っている作家は沢山います。実作業をある程度組織側に伝えられるようになれば可能になりますし、それぞれメンバーは何かのスペシャリストであるため他の仕事と並走しながら大きな展示の時だけ集まることも可能です。
自分でなんでもできる作家を目指すのは非常に良いことだと思う反面、結構早い段階で物理的な限界に到達すると思います。物理的な限界に到達した時に自分でなんでもやろうとした経験は必ず生きるとも思います。なぜなら、チーム内の他の仕事の難しさを把握できるからです。
規模が大きくなったり短期のスケジュールで複数人で展示を仕上げなくてはいけない状況になった時、または複雑な要素が絡み合った展示になりそうな時は、一緒に展示を作り上げる味方が必要になります。そうなった時に「人に伝える力」や「チームで動く能力」に「他者の仕事に対する目利」、もしかすると「人と友達(いい意味で共犯者)になれる能力」などなど色んな別の技術が必要になってきます。僕もまだまだ勉強中ですが……
チームで仕事をするためのオススメスキル
チームで仕事をするには自分のしたいことを他者に伝える能力が必要です。1番簡単な方法が、図面やスケッチ、文章(言葉)です。3つとも、学生のうちから制作するたびに一緒に作る訓練をしておくと良いかもしれません。展示の予定が無くても、作品は何らかの方法でアウトプットされるものです。作品が経験する未来を想像しながら制作することは意味のあることだと僕は考えています(保存方法や輸送のための梱包を制作時に想定する事もこれに入る)。
授業では実際の現場で使われた図面をいくつか見せながら説明しています。授業での使用許可は得ましたが、ネットへの公開許可は得てないためご理解お願いします。
特に必要なのがサイズ感です。こちらは図面の方が得意な作業になります。adobeイラストレーターでもある程度の図面は書けます。縮尺のあった図面(1/20と1/10を混ぜるとかはやめましょう)に130cmくらいの子供と170cmくらいの大人のシルエット画像などを入れ込むとよりスケール感が分かります。きちんと平面図と正面図と側面図の三面図を書きましょう。絵画の場合は壁面展示がメインかと思われるので、全壁面の図面が必要かと思われます。
(他の図面例をそのうち追加するかも)
図面が無いと以下のような枚数の多い絵画の展示などはかなり難しいでしょう。
スケッチは展示の雰囲気を伝えるのに役立ちます。縮尺が無いのでスケッチのようにはならない場合もあります。三面図と同時進行で描いてみたり、展示空間の写真の上に直接スケッチすると最終的な状態を掴みやすいかもしれません。展示記録写真を撮りたい画角などで展示空間を写真に撮ってから描き込めば、撮影プランも同時に作成できます。(下の画像は壁を立てる時の計画なので雰囲気は無視しています)
追加で、できれば見積とスケジュールをたてる能力はあったほうが良いと思います。無意識に相手を搾取してしまわないためにも、無意識に相手に搾取されないためにも見積の感覚は必要です。発注先がいくらで仕事を引き受けてくれるのか、感覚を磨いておくだけでも良いかもしれません(この辺りはコーディネーターの人にお任せしても良いとは思います)。
終わりに|兼業作家のすすめ
学生を卒業してから、まともにお金が稼げるまでに大きな溝があると思います。僕が展示技術の講座の仕事を受けているのは、展示するにあたってのハードルをできるだけ下げたいからです。そのことによって、少しでも大学卒業から30代まであたりにある大きな溝が生まればよいなと考えています。
また、展示によるアーテイストフィーや作品の売上以外の収入が作家にあれば尚更良いと思います(専念するのが向いている人もいますが)。作家業は個人事業主ですし、規模が大きくなれば会社になります。複数の収入源をもち利益を安定させることは卑怯なことではありません。実際にウェブや写真撮影、映像撮影制作、アニメーション制作、翻訳通訳、大学講師など別の収入源を持った作家は沢山います。他の収入源が自分の制作にリンクしていると尚よいかもしれないですね。
作家だけで食べていくという目標は素晴らしいことですが、作家だけで食べていくことだけが正解ではないと思います。社会で事業(作家業)を営んで生きていくために、まずは不必要な制限をとっぱらって柔軟に考えてみるのも良いと思います。
良く良く考えるとマユンキキチームも全員が別の仕事を持っています。みなさんが彼らのように柔軟にサバイブしていけるよう応援しています。これにて講義は終了いたします。ありがとうございました。
サポートされると、自分も他の人をサポートしてみようかな?という気になります。また、自分の文章の価値を感じれてとても嬉しい気持ちになります。