セーラの叔父さま 32話
素敵な魔法
怒り狂ったミンチンがアーメンガードと部屋を出て行った後セーラは思った。
この後、私が待ちに待った魔法が出現する筈だわ。
叔父さまはセーラにそっとささやきかけた。
「後数時間の辛抱だね。今、天窓にラム・ダスがいるのに気がついたかい?僕はこのまま部屋に戻るから君はベッドで寝てるんだよ」
セーラはベッドに横になったが、興奮して寝られない。
「本当にラム・ダスさんがこの部屋を暖かく綺麗にして美味しい料理を持ってきてくれるのかしら?私が「小公女」のお話を知っていて、ここが「小公女」のお話の中だなんて・・・本当なのかしら?私のただの<空想ごっこ>じゃないのかしら?叔父さまがいらっしゃるのも<空想ごっこ>?いえいえ、お父様が亡くなったのも<空想ごっこ>かもしれないわ・・・それとも、私がインドで生まれてお嬢様として育ったなんてこと自体がそもそも<空想ごっこ>なのかもしれない・・・私は・・・私の中身は本当は日本人?それって本当なのかしら?・・・本当の私は一体誰?・・・・・・」
いつの間にかセーラは深い眠りについていた。
やがて、セーラはふと目を覚ました。
暖かくて心地よい。
暖かくて気持ちの良い掛け布団にくるまっている感触。
美味しそうな匂い。
まさしく思い描いていた通りのことが起こったに違いない。
セーラはそーっと目を開けた。
暖炉には赤々と火が燃えている。床には分厚くて暖かな深紅の絨毯が敷いてある。暖炉の前には折りたたみ式の椅子が広げてあり、クッションがのっている。
白いテーブルクロスの掛かった折りたたみ式のテーブル。
蓋付きの小さな皿。ソーサーつきのティーカップとティーポット。
暖かな毛布。サテン地の羽毛布団・・・。
セーラの夢見た部屋がそのままおとぎ話の世界になったようだ。
私が思い描いた通りの事が起こったわ。やっぱりここは「小公女」のお話の世界に間違いないわ!
セーラはベッキーと叔父さまを起こして三人で素敵なごちそうをいただいた。
お腹がすいていた二人の少女は熱々のスープを飲んだり、サンドウィッチやトーストやマフィンを嬉しそうに食べた。叔父さまはそんな二人の様子を見てニコニコと微笑みながら自分の部屋から持ってきたティーカップで紅茶を飲んでいた。
「ベッキー、そんなに急いで食べなくても大丈夫よ。料理は逃げていかないわ。それにミンチン先生ももうここまで上がって来ないから」
「フランソワーズさん、これって夢じゃないんですか?消えてしまったりしないんですか?」
お腹がいっぱいになって気持ちが良くなって眠気が襲ってきた。
セーラからたくさんの毛布を分けてもらったベッキーはその夜とても寝心地の良いベッドで寝ることが出来た。
人間はお腹がいっぱいで暖かな毛布にくるまれて寝る・・・それだけでじゅうぶん幸せな気分になれるものだ。
少女たちにほんの少しの石炭と寝具と食べ物を与えてやるという発想はミンチン先生という女性の頭には浮かんでこない。少女たちが寒い屋根裏部屋でわずかなお菓子で小さなパーティーを開こうとしただけであんなに怒り、食事抜きの罰を与える。
その日の夜、ミンチンはセーラに対する怒りはまだ収まっていないが食事抜きにしてやったという喜びで気持ちよく寝ることが出来た。
もちろん、彼女がベッドで寝ている頃セーラたちが暖かい部屋で美味しい食事をしていたなんて事は夢にも思わずに。