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言葉で自分を表現すること。

こんにちは。Miyabiです。

先日、所属している組織の全員が集まるオンライン会議がありました。

5人ほどの小グループに分かれて2日間みっちり。
そこでグループメンバーに言ってもらったことが凄く嬉しくて、かつそれは自分が大切にしていることでした。

「言葉の選び方が素敵だよね」
「他の人が言葉にし難いことを言語化してくれてる」
「書く言葉ひとつひとつに心がこもってる」


そんなことを、言ってもらいました。
5月から入職した自分はまだまだ新参者で、もちろんそのグループメンバーとは全員初めましての関係でした。
でも2日間過ごしただけでそう言ってもらえて。

いままで懲りずに文章を書いてくる中で、ありがたいことにそう言ってもらう機会は数度あって。
それがモチベーションになっておりました。

でも、それは自分のことをよく知っている「友達」に言ってもらうことが殆どでした。
だからこそ、初めましての人たちにそう言ってもらえたのはわりと大きくて。
大切にしていることや意識していることって、伝わるんだなぁと。


時は遡って、社会人になりたての頃のこと。


なかなか『自分らしさ』ってものを出せずに、どう表現したら良いんだろうと模索していたことがありました。
同じ部署の人から「君らしさがまったく伝わらない」と言われたこともありました。笑

そんな自分が、自分を表現できるものってなんだろう?と考えに考えた結果、『言葉』でした。

そっかそっか、と共感したり
うんうん、と傾聴したうえで、
もしかしてこういうことじゃないかな?と、言語化のお手伝いをしたり、
何か言いたげなところを見つけて声を掛けたり。

関わるたくさんの人たちに対して、『言葉』と一緒に、
一人ひとりと、関係を築いてきた気がします。

それとは逆に、自分の思ったこととか、モヤモヤとか、決意とか、そういったものを書き出してみたこともありました。

それがこのnoteの前に更新していたAmebaでした。
ただの日記で終わらせずに敢えて発信をすることで、
他の人も読みやすい文章を書かなきゃいけない状態をつくっていました。

刃を向けられることもありました。
けれど発信するたびに、読んでくれて「気付きになった」と言ってくれる人もいることを知りました。

それらを今回のように、会って間もない人に言ってもらえたので、1つ自分の中で大きな出来事になったんだなぁと。


ぶっちゃけた話、まだまだ荒削りなのと、
感情の吐き出しなので『読みやすい文章』なんてものには程遠いのが現状だと思っています。
ということで、ちゃんと人に読んでもらえる文章ってのを勉強しようと書籍を漁っている今日この頃です。


自分の紡ぐ言葉をブラッシュアップしたい。
誰かに届く言葉を自分らしく綴ってみたい。
そんな風に考えながら、タイピングをしています。

そして、少し話はズレてしまうけれど。
SNSを眺めていると、言葉が凶器になっているのを良く見かけます。
言葉で傷ついたり、病んでしまう人もいて。
でも言った本人はその意識がない、みたいな。
オンラインでのコミュニケーションが活発になって相手の表情が見えない中でのやり取りが増える中、
「これを見たらどう感じるんだろう」の視点って大切だなぁと思うわけです。

もちろん、100人いて100人全員が納得する意見なんてないので、そこは理解したうえで。
なによりも、誰かが不用意に悲しむような言葉を紡がないように意識しています。

けれど人はミスをしてしまうから。だから読み返したり、反省したり。


そうやって、一年後、数年後、数十年後に
自分から出てくる言葉がもっと、スッと、人の心に届くようなものになってたら良いなぁ、なんて思います。


活字大好き人間の、戯言でした。

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