絵本「HONKY-TONK HEROES & HILLBILLY ANGELS」の 前文
表題「HONKY-TONK HEROES & HILLBILLY ANGELS ー The Pioneers of Country & Western Music」を直訳すると「安酒場の英雄と田舎の天使 ー カントリー&ウェスタン音楽の先駆者たち」となる。この絵本は子供を対象としているが、その解説は実にしっかり大衆音楽の本質をとらえている。アメリカの子供たちが羨ましい。
ホンキートンクとかヒルビリーという言葉は、都市の洗練された文化と正反対の、うらぶれた荒っぽい西部劇の酒場のイメージを持っている。西部劇映画ジョン・ウェインのマッチョで気の優しい男たちの世界だ。それを人々はHONKY-TONK HEROESと呼んで愛している。また、音楽的にはアパラチア山脈に住み着いたアイルランド移民たちの民謡をHILLBILLYと呼んだ。ここではANGELSと言っているが、世離れした美しさを感じるということか。HONKもHILLBILLYも調子外れだったりアホな田舎者という蔑視の意味があるものの、開拓時代への郷愁を伴う愛すべき歴史観となっている。
このカントリーの文化的特徴(乱暴者の男社会、芳醇な伝承音楽)は明らかにアイルランド文化の色合いが大きい。敬虔なカトリックであり、家族愛に溢れているが己の狭い価値観に縛られるため、時代の変化に弱く酒に潰されてしまう。そういったヒルビリーはレッドネックと呼ばれる南部保守主義や現代の共和党の流れと言える。しかし不思議なことにヒルビリーの音楽はとても豊かで魅力的なのだ。アイルランド伝統音楽はハープやフィドルが主な楽器だが、アパラチアのヒルビリーではバンジョーとギターが加わる。バンジョーは東アフリカから伝わる楽器だ。そうなのだ。ヒルビリーにはアフリカというかブルースの深い魅力がある。ラジオもTVも無い遠い時代、人々にとって音楽は家族や友人と憩いの時代を過ごすための糧だった。アパラチアのやせた土地を耕す人々や炭鉱労働者の仲間にアフリカ音楽の伝統を継いだ黒人がいたのだろうか。ブルースが空気感染するはずもないのだが、そのあたりについてまだ私にはよく分からない。
アイルランド伝統音楽はケルト文化(ジプシー文化)をルーツに持つ。ケルトはアジアの西の外れインド北方を起源とする放浪文化で、ヨーロッパ各地にその形跡がある。東ヨーロッパはもちろんフランスのブルターニュやスペインのガリシア、そして西の果てアイルランドに濃い。表現は難しいがキリスト教文化やイスラム教文化と異なるオリエンタルな魅力を持った音楽だ。和音はなくユニゾンが根源的な歌の力強さを表現し、その代わりというかドローン(ベース音)が地に足の着いた余韻をもたらす。そのような音楽がアメリカのへ僻地アパラチアでどうやってアフリカ音楽と出会ったのか。興味は尽きない。
さて、伝統音楽の伝承を辿る楽しい話をしていて、ふと気が付くことがある。それは音楽文化は家族や友人と歌い奏でるものだったということだ。大竹さんの指摘にあるように、身体を寄せ合い、リズムを合わせて、共感し協同で音楽を完成させる喜びの文化だった。そこには知識としての共生だけではなく、体で体得できる生きる喜びがあった。そう考えると現代の音楽は聴く文化に占領されている。共感を体得する能力が退化しているかもしれない。ラジオやTVの電波がその元凶かも知れない。一時はビックビジネスに伸し上がったレコード業界が退化し、ライブ興行が盛り上がっているのはそうした音楽の性質から来るのかもしれない。いずれにしても点数を付ける音楽教育なんぞ、何の足しにもならない気がする。しかしながら我々はヒルビリーから生まれたロックンロールの教えを信じて幸せに生きていくのだ。