猫のご同輩
先日、久しぶりに友人の家に遊びに行った。少し前に縁あって保護猫を飼うことになったそうで「臆病で警戒心が強いから少しの物音でも飛び上がって驚くし、逃げ回ったり色々あるけどゴメンね。」と聞いていた。私も実家で暮らしていた頃は猫を飼っていたので、何となく様子は想像できたし特に気にも留めなかった。
リビングに入ると早速、絨毯とフローリングの境に居た黒猫と対面した。お互いチラリと姿を確認するだけで直ぐに目線を逸らし、私はそのまま友人と奥のキッチンに向かった。「可愛いー、黒猫なのね。女の子?」「そう女の子。でも、色々あるよ。」「まあ、保護猫だからね。抱っことか出来ないでしょう?」「うん、無理。」そんな会話をしながらキッチンカウンターでコーヒーを煎れてもらい、お手製のカボチャのケーキでお茶をした。たわいもない話しに夢中になっていると、カウンターテーブルの椅子に座りダラリと伸びた私の足先にコツンと何かが触れた。下を覗くと、あの黒猫が私の足先に頭をコツンとしたようだ。『挨拶してくれたっ』と思ったところ、友人が「ビックリ!家族以外でこんなの無いよ。この前妹が来た時なんて、どこかに隠れちゃって姿も見せなかったもの。」と驚いた様子で言った。「そうなの?ウチに柴犬が居るから獣臭がするのかも?」とこたえ、とにかく私が彼女を脅かす存在にはならないようでホッとした。
コーヒーを1杯飲み終えると、リビングに場所をかえ本腰を入れて雑談に入った。少し経って、今度は背後に何か気配を感じて振り向くと、キチンと前足を揃えた基本姿勢の黒猫がジッとこちらを見つめていた。今度ばかりは私もジッと見つめ返してみた。鮮やかで強い琥珀色の瞳がとても綺麗で見入ってしまう。保護猫との先入観もあって何処となく悲しそうな目にも見えてしまい『ご同輩ですね。』と心の中で呼びかけてみた。勿論、反応は無いけれど、丸っと全てを見透かすような深い眼差しに少し気恥ずかしくなった。半世紀ほどの人生で今回2人目となるご同輩との出会い。1人目は高校の時に出会った同じ境遇の友人。今回は人ではないけれど、安心出来る居場所が無く過ごしてきたことは同じだものやっぱりご同輩。
友人宅から帰って、夜遅くにキッチンで鍋を洗いながらあの猫のことを思い出した。そして、友人が何で保護猫を飼うことになったのかも今頃になって気になった。猫を飼う身としては撫でたり抱っこしたりも楽しみのひとつだけど、保護猫はそれが難しいことも多い。それに、そんな目的で猫を飼うのはお門違いなことを彼女も私も分かっている。猫のことを簡単に「気まぐれで懐かないところが嫌い。」と言う人がいるけれど随分と傲慢だな…と思う。好き嫌いの基準に従順さが入っている気味悪さを感じてしまう。猫って、ただその姿を身近で見ていられるだけでよくて、安心して側に居てくれることが幸せ。まるで子供の居る幸せと一緒だな…と思う。キッチンの正面にある時計を見るともう23時を過ぎていた。夫も娘も自室に戻り静かなリビングに続くキッチンで聞こえてくるのはシンク内にザーッと流れる水の音だけ。こんな静けさにしみじみと幸せを感じる。大きな物音や大声もない。泣き声もない。夜はやっぱり静かな方がイイ。黒猫も安心して眠りについているとイイな。そんなことを思った。