アシカの鳴き声とおばさん
先日、家族で動物園へ行った。
市が運営するその動物園は、私が子供の頃からずっと変わらない。
入園料は無料。メリーゴーラウンドや、あの世界的有名アニメーションの空飛ぶ象に似た乗り物が上下しながら回るアトラクション、100円のバッテリーカーなどもあり、子供にとってはちょっとした遊園地気分を味わうことができる場所である。
入り口から入ってすぐにアシカがいる。
その日は雪がちらつく寒い日だったが、アシカは水の中を気持ちよさそうに泳いでいた。生き物が違うと、こうも体感温度が変わるのか…と1人関心していると、メスのアシカちゃんが突然あのアシカ特有の引き笑いのような声で鳴いた。これが結構大きな声だから、いつもびっくりしてしまう。もうすぐご飯タイムらしい。飼育員への催促の鳴き声なのかな…喉の構造どうなってるんだろう…とか適当なことを考えながら次の動物へ。
次はこの動物園で1番大好きな動物。アルダブラゾウガメの"アップルちゃん”だ。
私はリクガメが大好きなのだ。齢30歳のアップルちゃんはかなりの巨体。
岩のように盛り上がった甲羅に、恐竜を思わせる肌の質感、歯のない口をゆっくり開け草を食べる姿、じーっと動かないと思いきや突然グーッと伸ばす首、黒く輝くその瞳。全てがとにかく魅力的だ。アップルちゃんは私と世代が近いこともあり、勝手に親近感を抱いている。
暖かい季節の晴れた日には外でのんびりと日光浴しているが、変温動物のリクガメは寒さにとにかく弱い。この日はヒーターを焚いたカメ舎の中のホットスポット(特に暖かくする為にヒーターを当てている場所)の下で、こちらにお尻を向けてじっとしていた。この後ろ姿もたまらない。カメは、お尻側が実はものすごくキュートなのだ。アップルちゃんのお尻をジッと拝ませていただき、軽く声をかけてから次へ進む。
普段は帰り際に何となく覗く程度の鳥舎に、この日は家族3人釘付けになった。
この鳥舎にはアオサギ、ガチョウ、カモ、アヒルなど多種類の鳥が同居している。
私達が釘付けになったのは2羽のガチョウだった。
まず1羽目は、眠たそうに時々目を閉じるガチョウちゃん。
寝るか?寝ないのか?やっぱり寝るのか?!ってな具合で可愛くて見惚れてしまった。
もう1羽は、水辺でやたらと毛繕いをする子だった。水に顔をつけてはプルプルと振るい、その度に顎の下あたりにあるビラビラした部分が左右にビチビチと当たる音がする。(擬音ばかりで申し訳ないが、私の鳥の知識と語彙力なんてこんなものなんです。)「もうそろそろいいんじゃない?」ってこっちがちょっと心配になるくらい、幾度もこの動作を繰り返していた。終わったか…と思わせてからのもう1回!から目が離せず、鳥舎の前で立ち止まってしまった。こうして眺めていると、鳥の性格の違いが垣間見えてすごく楽しい。と、そんなことを考えていると、隣におばさんがやってきた。
「黒鳥がいないわねぇ。」
いきなり話しかけられ一瞬何を言っているのか聞き取れなかった。
「黒鳥。いつもいるのに今日は見当たらないわね。」
あ、黒鳥のことね。恐らく常連さんだろうか。
「あの水の真ん中にある陸にいる2羽。いつもあそこにいるのよ。仲がいいの。」
鳥舎を見つめながら嬉しそうにそのおばさんは話してくれた。この鳥舎の中の"人間関係”ならぬ"鳥関係”までをも知り尽くしているようである。
せっかく話かけてくれたのだ。私も何か話しかけてみよう、そう思い、
「よく来られるんですか?」
と当たり障りのない質問をしてみた。が、おばさんにその声は届いておらず、依然鳥を優しい眼差しで見つめていた。
(あ、どうしよう…もう1回聞いてみようかな)
意を決し息を吸った、その時。
「ア”ア”ゥッ!ア”ア”ゥッ!ア”ア”ゥッ!」
後方のアシカが勢いよく鳴いた。
「ビックリしたぁ…」
私は吸い込んだ息を吐きながら、そう呟いた。
おばさんは何事もなかったかのように、
「いいわねぇ〜、可愛い時ね〜」
と息子を見て更に声をかけてくれたが、笑顔で会釈をし私達はその場を離れた。
おばさんも帰って行った。
動物園からの帰り道。
何だか心がスッと、晴れやかだった。アニマルセラピー的な効果だろうか。
檻の外から見つめられるあちら側の気持ちは分からない。もし自分が…と想像すると、胸が痛みそうになるが、きっと飼育員さんたちが愛情を注いでくれているはず…と信じて、考えすぎないようにしている。
あの子達がどうか幸せな気持ちで生活していますように。
人間の勝手な願いだ。
そういえば、私の小学生の頃の将来の夢は『獣医さん』だったことを思い出した。
初めて飼った犬(ロッキー♂)がとても優しくて、本当に可愛くて、とにかく大好きだった。その子と出会い動物に携わる仕事がしたいと思ったのだ。
しかし中学生になり、徐々に、そして確実に勉強が苦手になっていった。と同時に、獣医さんが『医者』という事実を改めて認識した瞬間、私は夢を諦めたのだった。ゴメンね、ロッキー。
幼い頃から何度も遊びに行った場所はどんどん新しくなり、昔の姿を変えている。
あの動物園もだいぶ年季が入ってきた。
アップルちゃんの成長も見守っていきたいし、あの場所で家族の思い出もまだまだ作りたい。どうかなくならないでほしい、そう切に願っている。