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「記者とその妻」2 レッスン

「新聞記者の妻・レッスン」

 わたしの夫は、記者をしている。政治部の記者ということもあり、付き合いも多く、取材のために朝帰りのこともよくある。わたしは、ピアノ教師をしている。夫は日中、わたしがピアノを教えていると思っているが、そうではない。自分のために、ピアノを開けることはあっても、生徒のためにその蓋は最近開いていない。

 わたしには、情夫がいる。夫は気がついていないと思う。貞淑な妻。十歳も年上の夫はもうわたしには指を触れない。アッチのほうは、夫はもうダメなのだろうか。それとも……。他に女性がいるようにはどうしても見えない。

 夫に満足できないわたしはTとの個人レッスンに明け暮れていた。最初は月に一回程度の逢引だった。それで満足できなくなったわたし達は、月に二回となり、三回となり、それが毎週となり……。Tはわたしの生徒だった。地元の情報誌にピアノレッスンの広告を出したら、地域の子供の親に混じって、問い合わせをしてきたのが彼だった。小さい頃に親に勧められるまま音楽教室に習っていたものの、サッカーが楽しく辞めてしまったこと。定年を間近に控えて、もう一度、何か趣味を探したいと思っていたこと。クラシック音楽は好きでよく聴いていたことなど。それらをわたしはベッドの中で聞いた。彼の音楽の趣味はいい。彼が練習しているのはショパンの『24の前奏曲作品28』。第4版ホ短調は何度聴いても、悲しい旋律だ。今、彼とのピアノレッスンは中断している。何度かレッスンをしたが、わたしは彼の指を指導のために触ったときに、何かがわたしの中で弾けた。彼が予約しているレッスンの日が待ち遠しかった。でも、そんなことはおくびにも出さず、他の生徒と変わらない態度を取れていたと思う。それなのに、Tはわたしを誘った。鍵盤の上で手を握り、わたしを抱き寄せた。それからレッスンの度に、キスをした。それ以上はしてはいない。幼い頃からずっと一緒だったピアノは神聖な場所である。その場所を汚されたくない気持ちもあった。わたしは頑なに、キス以外を拒んだ。彼に惹かれていながらも……。

 ちょうど彼が通い出してから半年、ようやく人前でなんとか一曲弾けるようになった頃だったと思う。お礼に食事に誘われた。お台場だった。豊洲に住んでいることから、台場は生活圏内だが、あえてその台場のホテルに食事に行った経験は夫とはなかった。時折、夜に近所のデニーズに呼び出されて安いワインを飲むことが定番だったのだ。
 わたしはレインボーブリッジと対岸に見える都会の夜景を一望しながら、ワインを傾けた。リーデルグラス、繊細なステムを持って傾ける。ぞんざいに扱っても割れそうにないファミレスのグラスとは違う。Tもわたしを繊細なワイングラスのように扱う。まるで乱暴に扱うと壊れてしまうかのように。Tは五十八歳だ。夫よりもひと回り以上、年上だ。わたしからは、二回りも上になる。わたしは三十代半ば、夫との間に子供はいないし、作るつもりも夫にはないようだった。わたしも特別欲しいとは思わない。しかし、豊洲のマンションの周りにはベビーカーを押す母親を見ない日はないし、わたしのピアノ教室も幼児がほとんどだ。大抵は、小学校に上がるときに辞めていってしまう。ピアノは親にとって、子どもが幼い時期だけの、いっときの習い事のつもりなのかもしれない。才能があると思う子供も、小学生になると他の習い事のほうが重要なのか、塾に忙しくなるのか、いなくなってしまう。幼いころに音楽に親しんでおくと語学学習に役立つらしい。そんなことから、習わせている親もいるのかもしれない。いつしかわたしは、幼い子供に教えることに、先の見出せないやるせない気持ちを抱くようになった。わたしは小学校、中学校とピアノの前に何時間も座っていた。週に一時間のレッスンを幼児期に二年ほど続けたって、それが何になるのだろうか、ただ親のエゴじゃないかとさえ思うこともあった。豊洲での音楽教室に大人は滅多に来ない。そんなことから、夫には告げずにわたしは教室を縮小していた。時間を持て余すようになっていた。そんなときにTはわたしの前に現れたのだ。
 ワインは口当たりが良かった。ファミレスのワインと違って亜硫酸が入っていないからなのかもしれないと、どうでもいいことをわたしは考えていた。彼は、背広のポケットの中に部屋のキーを忍ばせていた。夫からは朝駆けの連絡が来ていた。最近は、そのことを「朝回り」ということが多い。取材対象者の自宅で、オフレコで取材することだ。夫は取材のためにスーツでスキー場まで追っかけて行ったことがある。裏をとるために、相手がリフトに乗るときに、隣に乗って取材をするためだ。取材に関して、夫は鼻が利く。妻に対してはどうだろうか。妻が不貞を働いていることに対して、夫は何か嗅ぎつけているのだろうか。それともその嗅覚は職場に置いてきてしまっているのだろうか。家で夫の鼻は濡れていないのだろう。一般的に、犬の鼻は起きている時はひんやりと湿っており、寝ているときには乾燥気味になるという。犬の鼻が濡れているのは、ニオイを確実に捉えるため、夫は家ではその嗅覚をきっと休ませているのだろう。Tと付き合うようになってから、わたしは下着を変えた。おばさんっぽい通販の下着を処分し、下着専門店で購入するようになった。それにも夫は全く気がついていないようだった。美容院にも前よりも足繁く通う。わたしはピアノのためにネイルはしないことにしている。だが、彼と会うときには、薄い色のネイルをつけることがある。彼と初めて、お台場で飲んだときに、ワイングラスにはネイルが合うと思ったのだ。裸の爪、アソコの色は爪の色だと言われている。いや、唇の色だったろうか、何かの本で目にしたことがあるような気がする。アソコを想像する色はTと会うときには隠しておきたい。
 

 お台場で飲んだあと、エレベーターで彼はわたしの手を握り、ロビーではない階数を押した。その行為に、わたしは部屋に連れて行かれることを察したが、断らなかった。彼の後について行くと、部屋からは先ほどと同じ、きれいなレインボーブリッジと都会の夜景が広がっていた。
「いいかな?」
彼がわたしに近づいて、両手で肩に触れる。
わたしはうなづいた。
彼は優しかった。彼も久しぶりだったのかもしれない。丁寧にわたしを脱がせた。
下着は、手持ちの中でも一番マシなのを身につけて来ていた。もっと自分を素敵に見せるようなランジェリーを揃えなくてはならないとそのときに思った。部屋は暗かった。恥ずかしいという思いを消してくれるほどに、窓からの夜景の光、ただそれだけだった。彼の手が下着に入ってくる、立って脱がされながら、下着にまで手を入れてくるのにドキッとした。
「濡れてるよ」
彼が耳元でささやく。
「ベッドに行こう」
彼はわたしをベッドの上に誘うと、その脇で、彼は自分で服を脱いだ。トランクス一枚になってわたしに覆いかぶさって来た。
「ずっと、こうしたかったんだ」
わたしはうなづいた。
「いいかな?」
いいかな?今さらな言葉だと思いつつも、わたしは「イエス」という思いを込めて、彼を見つめ返した。彼がわたしのパンティをゆっくりと下ろす。
「あぁぁ」
彼はため息をつくようにして、黒い茂みに口を近づけ、匂いを嗅ぐ。
「恥ずかしい」
わたしは、両手をアソコに持って行く。
「よく見せて、恥ずかしがらなくていいから」
彼は、そう言って、わたしの手を優しく外して、その茂みに顔を埋める。
クリトリスを舌で舐める。徐々に音を大きくしているようだ。チュパチュパという音にわたしは恥ずかしさと同時に興奮を覚えた。
「美味しいよ、ここ」
そう言って、少し顔を上げてわたしを見つめて、すぐに彼は、わたしの濡れたアソコに戻って、わたしを攻める。
「ゆっくり入れるね」
彼の指が入ってくる。
「ああ、キツイよ」
久しぶりにわたしのアソコが広がっていく感覚……。わたしは気がついたら声を出していた。
「あああっ」
「いい?」
「気持ちいい?」
彼は、セックスの最中によく話す人なのかもしれない。
「いい」
わたしはそう返事をする。
「良かった、ゆっくりするね」
彼は、そう言って指を出し入れする。
わたしには、本当に久しぶりの感覚だった。そう、これ、これだ。これが、わたしが長いこと忘れていた快感だった。女としての感覚をわたしは取り戻しつつあった。
彼の指の出し入れが徐々に早くなって来た。
「もう、びしょびしょだよ」
彼はそう言って、指をわたしから抜き出した。
「舐めてもらってもいいかな?」
彼は、わたしの横で自分のペニスを持ち上げる。
彼のペニスは、まだ立っていなかった。わたしに魅力がないのかと、不安になる。歳のせいなのかもしれない? わたしは、まだ柔らかいそれを手に取る。
優しく何度も上下に撫でたあとで、わたしは彼を口に含む。実に何年ぶりに、コレを咥えただろうか。夫は、フェラチオが好きだった。セックスをするときには必ずわたしに咥えさせて、何度もわたしの口を犯してから、わたしに入り込んで来たことを思い出す。彼のオチ○チンは大きかった。柔らかかったそれが、徐々に芯から硬さを取り戻して、わたしの口でそそり勃った。わたしが大きくしたようで、嬉しくなった。
「こんなに、大きくなったよ」
彼は、満足そうにそう言って、わたしの脚を左右に広げる。
「入れていい?」
わたしは、やっぱり今さら?と思いながら、うなずいた。
彼は、確認しながらセックスをするタイプなのかもしれない。わたしが部屋について来た時点で、既にセックスに合意しているのだとは考えないのだろうか。彼は、慎重に物事を進める。それは、ピアノのレッスンでもそうだった。次に進もうかと提案すると、もう少し、復習して弾けるようになってからにしたいという。教える側としては、既に上手に弾けているところを、何度も繰り返すのが、焦ったく感じたのを思いだす。
 彼は、ベッドサイドの引き出しからコンドームを取り出した。事前に部屋に来て、ここにゴムを入れておいたのかと思うと、なんと用意周到なのかと思う。わたしが、部屋に来るのを断ったら、彼はそれを回収するためにまた部屋に来たのだろうか。彼の準備は、無駄にはならなかった。コンドームを被った、彼のモノがわたしのとば口に当たっている。わたしは、腰を彼に近づけたくなった。早く彼が欲しい。
「行くよ」
そう言って、彼はいっきにわたしに入って来た。今までゆっくりと愛撫してくれていたのとは、対照的に激しいひと突きにわたしは喘いだ。柔らかくなる前に、急いでわたしの中に入れて来た感じがした。でも、彼は、いつまでも大きいままだった。それから、わたしは正常位で、何度も突かれ、その後バックでも彼は、何度も出し入れを繰り返した。彼は、片手をわたしの肩に置き、わたしの背中を弓形にそらせて、もう片方の手をわたしの腰に当てて、何度も後ろから犯す。奥に激しく、突かれてわたしは膝がガクガクしても、彼はわたしの肩を抑えて、体勢を崩させない。
「ああ、イッてしまう」
彼は、そう叫んで、わたしの中で果てた。
わたしの横に寝転んで、久しぶりだったから、早く果てちゃったよ、気持ちがよかった、とわたしの身体を撫でながら、耳元で言う。
わたしが、彼の下半身をチラッと見ると、まだアソコには、コンドームが被さっており、それは、横にくたっとなっていた。それが、なんだか可愛らしく感じだ。五十八歳の身体。弾力はないが、優しさと包容力がある。夫以外の男性に抱かれているのに、何故だか心は落ち着いていた。「安心」という言葉が浮かび、わたしは苦笑する。「危険」なことをしているというのに……。
「満足できたかな?」
と、彼はわたしに聞く。
わたしはうなづいてから、本当のことを彼に言った。夫とは何年もしていないこと、もう女として終わったのではないかと感じていたことを。
彼は、びっくりして、もったいないと言った。こんないい身体を、と。そう言って、わたしの全身を優しく撫でる。まだ、わたしも男の人をこんな風に喜ばすことができるんだと、嬉しく感じた。そして、わたしは、彼のオチ○チンに向き合った。ゴムを優しく外して、ティッシュにくるむ。そして、わたしは彼を口に含んだ。彼は、びっくりしていた。そんなこと、しなくていいよ、と。
わたしはもう一度、彼が欲しくなったのだ。一度果てたのに、彼は、わたしの口で徐々に硬さを取り戻して来た。
「ああ、すごい」
彼は、本当に、また大きくなるとは思っていなかったようだ。
「ねぇ。また入れて欲しいのだけど」
わたしは彼におねだりした。
「意外だなぁ」
そう言って、彼はわたしにキスをする。
「やらしい子、好きだよ」
彼は、横になったまま、わたしも隣に寝かせて、後ろを向かせる。彼は、寝たまま、わたしの後ろから入って来た。横に寝たまま後ろから入れられるのは、初めての経験だった。彼が腰を動かすと、わたしのアソコを擦り上げながら、オチ○チンが出たり入ったりする。
「ああ、いい」
 わたしは、手を彼の腰に当てて、奥にまで押し込んで欲しいと押さえつける。
「奥に欲しいの?」
「そう」
「どこに当てて欲しいのか言ってごらん」
「奥に、膣の奥に当てて」
彼は、いっそう激しくピストン運動を繰り替える。
「奥だね、もっといい体位があるよ」
そう言って、彼は、わたしの中から出ていき、正常位に戻す。でも、今度はわたしの両足を自分の肩に乗せる。行くよ、彼は、わたしの奥に入って来た。彼が入ってくるときに、わたしのお尻に彼のオチ○チンの下の部分が激しく、当たるのがわかる。何度も勢いよく、わたしは突かれた。
「あああああ」
「おかしくなっちゃう」
「いいよ、おかしくなって。僕の前では遠慮しないで」
わたしは恥じらいを捨てた。わたしの腰が勝手に彼のモノを求めて、動き出した。
気持ちがいい、久しぶりの感覚にわたしは溺れた。目から涙が溢れていた。嫌な、涙ではない、嬉し涙でもないと思う。この涙は何なのだろうか……。
気がついたら、わたしはまどろんでいた。
「起きた?」
横に寝ている彼が、そう囁く。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなる。
ああそうだった、わたしは彼と寝たのだ。自分のピアノの生徒と。
「気持ちよかった?」
彼がそう聞く。
「ええ」
わたしは、小さく答える。

 罪悪感を持ちながら、朝帰りしたあと、自分の家なのに、なんだか違う空間に感じたのを覚えている。夫はまだ帰っていなかった。朝回りからそのまま出社して原稿を書いているのかもしれない。ここにも、自分の家にも、スクープは眠っていたというのに。
妻が外泊をした、という小さなスクープ。でも夫にとっては、人生をも揺るがしかねないスクープだ。彼は、それを逃した。そして、わたしはTにのめり込んでいった。久しぶりにわたしに「女」を感じさせてくれた。そう、わたしの性の鍵盤を押したのだ、彼は。

 彼へのピアノレッスンは、わたしが彼の生徒となり、セックスのレッスンへと切り替わってしまった。わたしは熱心な生徒だ。そして、彼はわたしの良き先生だ。わたしは、ピアノの鍵盤を閉め、Tのレッスンのために昼下がりにシャワーを浴びる。そして、セクシーな下着を身に着ける。今まで、履いたことがなかったTバックを。
今日はどんなレッスンが待っているのだろうか、わたしは彼とは違う。何度も同じ箇所を繰り返したりはしない。すぐに、次のわたしの知らない楽譜をめくりたくてしょうがないのだ。次の曲は、どんな味わいなのだろうか。
彼とのレッスンは続いている。

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