古事記百景 その四
淤能碁呂島
於是天神諸命以。
詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神。
修理固成是多陀用幣流之国。
賜天沼矛而。
言依賜也。
故二柱神立。…訓立云多多志…
天浮橋而。
指下其沼矛以画者。
塩許々袁許々袁邇画鳴而。…自許以下七字以音訓鳴云那志…
引上時。
自其矛末垂落之塩。
累積成嶋。
是淤能碁呂嶋。…自淤以下四字以音…
於其嶋天降坐而。
見立天之御柱。
見立八尋殿。
高天原の諸神は、伊邪那岐神と伊邪那美神の二柱の神に対し、『漂う国の基を固め、正しき国とせよ』とお命じになります。
二柱の神は、天浮橋に立ち、天沼矛を用い、海の水を『こおろこおろ』とかき混ぜられます。
そして、矛を引き上げた時に滴り落ちる塩が、積もりに積もり島ができました。
これが淤能碁呂島です。
二柱の神は早速この島に降り立ち、天之御柱と八尋殿をお建てになりました。
※淤能碁呂島は、わが国最初の国土ですが、場所は特定されていません。
※天之御柱は、周囲を巡るのに数歩では済まないほどに太い柱ですが、高天
原との通信塔のような役割も担っていたと思われます。
※八尋殿は広~い神殿のことです。
「太安万侶です。前回に引き続き伊邪那岐君と那美さんです」
「どうも」
「いくつか質問があるんだけど」
「いいよ」
「天浮橋は、浮いてるんだよね?」
「そうだけど、そこは俺たち神だからノープロブレムだよ」
「浮いてるんだけど、そこから動かないの。だから飛び乗ろうが、よじ登ろうが、何の問題もないのよ」
「そうなんだね。じゃあ、天沼矛ってどんなもの?」
「キレイな玉などで飾られた棒状のモノなんだけど、見た目よりはずいぶん軽いよ」
「そうね。私でも振り回せるくらいだから」
「とは言っても下の方にある海に棒を突っ込み、掻き混ぜるんだから腕力はいるんじゃないの」
「ここで試されるのは腕力と体力だけだよ。難しいことを考えることもないし、俺たちが一緒にいる必要もない」
「でもずっと一緒にいたけどね」
「じゃあ次ね、八尋殿ってどれくらいの大きさ?」
「人ん家の広さなんて気にしてどうすんのよ」
「広い神殿はどのくらい広いのか興味ある人もいるかなと」
「一尋がどれくらいか調べたらすぐに分かるだろうけど、かける八倍じゃないから」
「そうね。そんな具体的な数字じゃなくて、とっても広~いって意味だから」
「具体的な数字が分かったとしても、あなたたちにはメリットもデメリットもないでしょ?」
「八倍なんて考えるのは現代人だけだから」
「そんなに言わなくても、単純な疑問に答えてもらいたかっただけなのに」
「次の質問行こうよ」
「俺たちは次もあるから忙しいんだ」
「じゃあ、国生みで大変だったことはあった?」
「知ってると思うけど、沼矛から滴った塩が島になる訳じゃん」
「そう伝わってるね」
「では逆に質問、滴った塩が島になるまでどれくらいの時間がかかるでしょうか?」
「それは想像できないな」
「だろ? それにさ、塩は滴らないよ。滴るのは海水でさ、それが乾いて塩になるまで待つのって大変なんだぜ」
「それが島になるまでって、途方もないほどの時間がかかってるんだよ」
「沼矛を海水に浸けて掻き混ぜて、引き揚げて、海水を滴らせて、塩になるのを待って、また沼矛を海水に浸けて、疲れちゃって沼矛を落としそうになったり……の繰り返しだぜ」
「力仕事は基本的に那岐任せだから、私の出番はほとんどなかったんだけどね」
「島が出来上がった時はホントに嬉しかったな」
「喜んだよね」
「実を言うと、この後も国生みが続くんだけど、最初の淤能碁呂島が一番大変だったよ」
「これに懲りてやり方を変えようって相談したんだ」
「変えたのが良かったのかどうかは分かんねえけど、あのまま続けていたとしたら、腕力だけついて、きっと心折れてたと思うよ」
「それほど大変な思いをされたのに、淤能碁呂島がどこにあるのか記録がないんだよね」
「それは秘密っしょ」
「どうして? わが国最初の国土なんでしょ?」
「ちょっと違うかもしれないけど、プロになって初めて打ったホームランのボールみたいなもんかな」
「記念品ということ?」
「俺たち二柱の神のね」
「それで秘密に?」
「こんな大変な思いをして成し遂げることなんか、生涯そう何度もある訳じゃないからね」
「那岐、そろそろ行かないと」
「じゃあ次行ってくるわ。また後ほど」
「ねえねえ、せめて場所だけでも……行っちゃったよ。まったく忙しい二柱の神ですね。ではまた次回」
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