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忘れられない人

誰にでも一人や二人忘れられない人がいると思う。
僕にとっては彼女がそうだった。
だけど運命的な出会いなどはなく彼女と知り合ったのは偶然同じ公立高校に入ったからに他ならない。

1学年400名弱いる学校なので、同じクラスか他のクラスでも友人などと近い存在でないと知り合う機会はなかなかない。

クラス替えが毎年あり彼女とは2年生で初めて出会った。
座る位置は50音順の名簿順、前の席に座ったのが彼女だった。
同じ学年にこれほど整った顔立ちの美人がいるのかと驚いたが、彼女の周りに集まる女性陣が全員美しいのにはさらなる驚きがあった。
何ともレベルの高い一団があったものだ。


余談になるが、後年この美女軍団の中のお一人の実のお姉さんと仕事上で知り合ったのだが、ご多分に漏れず美しい方だったのをはっきりと覚えている。妹さんに僕のことを話されたようで、覚えてもらっていたとは驚きだけど、ご自宅で話題の一つにはなったそうだ。


彼女とは席が近いというだけで時折話すようになり、どんどん彼女に惹かれていった僕は付き合ってほしいと頼んでみた。
すると彼女は二つ返事でいいよと応えてくれた。
こんなに嬉しいことはなかったし、こんなに楽しいことも今までなかったと思う。
ここから二人の淡い恋物語が始まる。
今の高校生からは想像もつかないような、僕にとっても微笑ましく思える日々が始まる。


初デートが決まった日。
僕には行きつけの喫茶店があったからそこで待ち合わせをというと、家族で喫茶店に行ったことはあるけれど、友達同士で行ったこともないし、一人でなど行けないと言い出した。

じゃあどこで待ち合わせする?  家まで迎えに行こうか?
彼女が指定したのは毎日通う学校の校門の前。
休日まで学校へ行く羽目になってしまった。

小学生じゃないんだからとは思ったけれど、厳しく育てられたお嬢様で、それほどに真面目に育ってきたのだから無理強いは止めようと思った。
初デートはというと学校近くの公園のベンチで話し込んだり、学校の近くを散歩したりだった。
ホント小学生みたいだ。


行きつけの喫茶店は明るい店内で、ママさんはとても面倒見のいい暖かい人でお宅に遊びに行ったことも何度かある。当時小学生だった2人の娘さんと遊んだこともあった。
因みに行きつけの喫茶店も学校の近くにある。
そのママさんに彼女ができたことを伝え、多分近いうちに待ち合わせに使うからよろしくと伝えた覚えがある。

そして迎えた3回目のデートの日。
時間通りに喫茶店に着くと彼女はもう来ていた。
こちらは時間に遅れたわけでもないのだが、彼女はずいぶん早く来ていたようだ。少し緊張した顔がまたカワイイ。
ママさんからは「こんな可愛い彼女を待たすなんて」と、お叱りの言葉をいただくことになり少し理不尽に思うが可愛い彼女と褒められたことで帳消しだ。

喫茶店でのんびり話をしてから、いつもと変わらず散歩をしているとハプニングが起こった。
ちょうど街路樹の並ぶ道を散歩していた時のこと。
僕たちが進もうとしている方向から一人の女性が手を振りながら近付いてくる。
数歩進んだところで彼女が止まった。
こちらに向かっていた女性も足を止めた。

僕は目が良くないが、手を振りながら向かってきた女性は1年生の時に付き合っていた彼女だった。
二人の新旧彼女はお互いを見て同時にペコリと頭を下げた。
それで二人の挨拶は終わったようだ。何ともバツが悪い。

僕は久しぶりだねと声を掛けた。
元彼女は、ずいぶん可愛い人と一緒だけど新しい彼女? と聞くから、そうだよって答えた。
大事にしなよって言うから当然だろって答えた。
彼女たちはもう一度ペコッて頭を下げあってそれぞれに別れた。ホントにバツが悪い。


今のって藤野さんだよね。知り合いだったっけ?

1年生で同じクラスだったんだ。少しの間付き合ってたこともあったし。

じゃあ私の先輩になるのね。

いやいや付き合った順序で先輩後輩はないと思うんだけど。

そうなの? 先輩に色々あなたのこと聞こうかと思ってたのに。

僕に聞けばいいじゃない。

だってあなたは私の知らないことを色々知っているから事前に予習しとかないと。

例えば?

行きつけの喫茶店があったりとか、あんまり真面目に授業を受けてないみたいだけど私よりテストの点数良かったりするし。私の周りにそんな人いないもん。

確かにあの美女軍団でそんなことする子はいないだろうな。

ねえ、その美女軍団って何?

君と君の周りにいる女子たちのことだよ。

私たちって美女軍団なの? 祐子も? 美樹ちゃんも? 弘美さんも?

君たちを知ってる男子たちはそう呼んでるよ。

あなたもそう思ってるの?

うん。

私もその一人に入ってる?

もちろんだよ。

そうか、私って美女軍団の一員なのね。みんなに教えてあげなくっちゃ。

本当に知らなかったの? 多分みんなは気が付いてると思うよ。

そうかなぁ?

君ってそういうところあるよね。

どういうことろ?

僕の想像の及ばないところ。

教えを乞いたいなら先輩って呼ぶ?

いやいや君は彼女じゃなかったっけ?

そうだった、忘れてたわけじゃないからね。

怪しいなぁって目で見ていたら、違うってばと君は言う。


淡い恋物語はしばらく続くのだが、さすがに高校2年生ともなれば進学の話がボチボチでてくる。
クラスには目の色を変えて勉強をし出す奴らも現れ、会話もそれに準じるようになりクラスの色は次第に濁っていった。
そんなある日のこと。


進学はどうするの?

僕はK大一本だよ、君は?

私はN大志望なの。

さすがお嬢様って感じだね。

それでね、少し勉強に専念したいんだ。だからデートは少し控えるってことでいいかなぁ。

デートできないのは残念だけど学校で会えるし、将来がかかる大事な時期だというのは理解しているから、君がそうしたいならそれでいいよ。

私って魅力ないのかなぁ?

どうしてそうなる?

だって、デートできなくても別にいいよってことでしょ?

ちょっと待って、デートは控えようって君が言い出したんだよ、イヤだと言ってほしかった?

それはそれで困る。

だろ? 僕だって毎日会いたいし、デートもしたいし、声も毎日聞きたいよ。でも君が考える将来のために今勉強することが必要なら僕はそれを無条件で応援するしかないよ。これでもずいぶん我慢してるんだからね。

わがまま言ってごめんね。時々ならデートもできると思うから。

そんなに中途半端でいいの?

どういうこと?

時々ならデートできるって。

息抜きも必要でしょ?

僕とのデートは息抜きなんだ。

そんなことない、私も楽しいんだよ。

いっそ、受験が終るまで別れてしまおうか。

どうして?

繋がりを持っているとついつい甘えてしまうと思うんだ。だからそこを切ってしまうことで勉強に専念できるようになるのじゃないのかな。

そんなあ・・・。

それがいい、そうしよう。受験が無事に終わって君にまだ彼氏がいなかったら僕がまた申し込みに行くから。それから、受験に専念するために君から僕に別れを告げたということにしようね。

どうして?

君は僕が好きになった人で、美女軍団の一員で、だから格好良くなくっちゃね。悲劇のヒロインは似合わないから。

そんなこと言われても・・・。

受験が終るまで1年と少し、楽しみにしてるからね。じゃあここで。

彼女は何かを言っていたけれど、僕は振り返らなかった。
そして僕たちの淡い恋物語はここで終わる・・・はずだった。


数日後、学校の廊下で独りたたずむ彼女を見てびっくりした。声を掛けるかどうか少し迷ったけれど、通り過ぎるのも変だし挨拶くらいなら。

よう元気? ずいぶん印象が変わっちゃったね。

暑かったからね。

もう秋も終わろうとしてるのに?

やっぱりちょっと堪えてるみたい。

そうなんだ。それで君はどうしたい?

彼女のままでいたい。

僕は歓迎するけど、勉強に煮詰まると同じことの繰り返しになるかもしれないよ。

それでもいい。

じゃあ、今日は一緒に帰ろうか。

うん。

実は彼女の家と僕の家は学校を中心に考えると正反対と言ってもいい位置関係にあるのだけど、毎日のように送って行ってたから一緒に帰るのは特別なことではないんだ。
じゃあ放課後にね。

その日の帰り。

首筋が寒~い。

暑いから髪切ったんじゃなかったっけ?

そんなに意地悪言ってると美女軍団に攻めてもらうからね。

それはそれで楽しみだ。

いやダメ、やっぱりやめる。

やっぱり君は僕の想像を簡単に超えてくるよね。


しばらくは付き合っていたのだけど、受験が本当に現実味を帯びて迫ってくると徐々に会う機会が減り、学校でわずかに話すだけになり、それすらも減っていき、彼女は美女軍団といつも一緒にいるようになり、自然消滅的に二人の淡い恋物語は終わった。

受験が終った頃、彼女には新しい彼氏ができたと知り、新たに交際を申し込むこともなく高校を卒業した。


大学に通い始めた2年目の夏。
友人たちとお酒を飲んだ帰り、そんなに早い時間ではなかったけれど、少し酔った頭で何を思ったか彼女の家に電話した。

当時は携帯電話などなく、ポケットベルもなかった。連絡を取る手段としては家に電話するか手紙か電報。
今から思うととても不便な世の中だったけれど、その分情緒はあったかもしれない。

だけど家に電話するのはそれなりにリスクがある。家族構成によってその人数は変わるだろうけど、ひょっとするとお父様が出るかもしれないし、お母様が出るかもしれない。お祖父ちゃんやお祖母ちゃん、兄弟姉妹が出ることも十分考えられるのに酔った勢いとはいえよく電話したものだ。


余談であり、またこの話の彼女とはまったく別の彼女の話で恐縮するのだが、彼女がうちに電話をしてきた。電話を取ったのは親父だったのだが、彼女は気が付かなかったらしく親父としばらく話をしていたらしい。
親父からじゃあ息子と変わりますと言われて初めて気付いたらしいが声が似ていたとしても普通気付くだろ?
彼女も彼女なら親父も親父だけど。

電話がつながった。

夜分遅くにすみません。渡辺と申しますが、美智子さん・・・。

私。

ゴメンこんなに遅く。

ううん、大丈夫だよ。でもどうしたの?

急に声が聞きたくなって。

それはそれは。

迷惑だったかな?

ううん、嬉しいよ。

そう言ってくれるんだ。じゃあ近いうちにデートしない?

いいよ。

彼女はまた二つ返事で快諾した。
日時と待ち合わせ場所を決めてその日の電話は終わった。


そしてその日が来た。
彼女とは運命を感じずにはいられなかったが、人生最大の恥かしさを経験させてくれたのも彼女だった。

京都の人はご存知かもしれないが、待ち合わせはBALビルの前。
四条河原町と三条河原町の中間辺りに今もある。
ビルの北側には細い道がある。通称親不孝通り。
この通りにはBLUE NOTE、治外法権、ROPPONGI、赤ずきんなどのややこしい (?) 連中が巣食う店が立ち並ぶのだけど、それはまた別の話なのでここでは止めておこう。
BALの地下にはディスコがあり (今はありません) 、夕暮れともなれば正に親不孝している輩がうようよと出没するエリアになる。だが昼間はまだまし。

夏らしく天気のいい暑い日だった。
僕は白のコッパンと白のスニーカーを履き、JUNの真っ赤なTシャツに白の綿のジャケットを羽織っていた。

少し待っていると彼女が歩いてくるのが分かった。大学生になって少しイメージが変わったようだ。それにしても服装が・・・。

彼女は白のフレアスカートに白い靴。真っ赤なTシャツと白のジャケット。
相談したわけでも示し合わせたわけでもなく、遠目に見れば同じ人間が二人。ペアルックと呼ぶには上から下まで同じイメージ。並んで歩くのがこれほど恥ずかしいと思ったことはなかった。
しかし今更服装を変えるわけにもいかず、終始顔の火照りを感じながら彼女と過ごす。彼女が平然としているのは気のせいだろうか。

彼女のイメージが変わったと感じたのは、薄くメイクしていたからだった。
高校生の当時、学校にメイクしてくるのは、いわゆるやんちゃしている女子たちだけで、それ以外の女子たちは完全ノーメイクか、良くても無色のリップくらいだったろう。
薄くメイクしている彼女は美しさに磨きがかかっており、こりゃ大学でも人気者だろうなと容易に想像できる。

まずは手近な喫茶店に入り、周囲の視線が若干痛いが近況を話し合う。
因みに周囲の視線が痛い理由は二つある。
彼女が美人過ぎるからとまるで双子のような同じ服装。
顔の火照りが取れない。君は平気なの?

大学生活はそれなりに楽しいようだが、高校時代の美女軍団はそれぞれ別の大学に進学したために会うことは今のところないらしい。時折その中の誰かと電話で話すくらいのようだ。

彼氏は? と聞くと、 嘘つき と言われた。


僕がなぜ嘘つきなのかな?

だって受験が終っても交際の申し込みに来なかったもん。

新しい彼氏ができたって聞いたから遠慮したんだけど。

それって誰のこと?

修二って言ったっけ。

ああ、修ちゃんは幼馴染でご近所さんだし、あの頃勉強の教えっこしてたからね。

彼氏じゃなかったの?

全然。

でも噂になってたよ。

あっそうか、近所のおっさんが、違った近所のおじ様が・・・。

プッ、大学に入って少し口が悪くなったかな?

彼女の顔がTシャツの色と同じになった。
違うの、ちょっと口が滑っただけなの。

君はいつでも僕の想像の上を行くね。

虐めないでよ。

虐めてはいないよ。それでそのおっさんがどうしたって?

虐めてるじゃないの。

これは虐めてるんじゃなくて揶揄からかってるの。

もう知らない。


それでおじ様は?

修ちゃんと歩いているところをそのおじ様がお似合いだねって言ったのよ。

だから?

修ちゃんがそれを誰かに言ったのかもしれないわね。

それで噂が広まったと?

私が広めるわけないし、そのおじ様は学校とは関係ないし、一番可能性があるのは修ちゃんだから。

だらか修ちゃんが悪いと。

あの野郎、今度会ったらただじゃおかないから。

今のも失言かな?

いちいち指摘しなくていいの。修ちゃんに何奢ってもらおうかな?

ただじゃおかないの意味が違うような気がするけど。

天然で愉快な会話のできる彼女だった。


話しが一通り落ち着いたところで、僕たちは八坂神社へ行くことにした。
八坂神社から円山公園へ抜けてしまうとあまり人目を気にしなくてもいいだろうからという判断からだ。
彼女はお祖母様が亡くなられて1年も経っていないから鳥居が潜れないと言う。そんなことすら知らなかった僕は、昔のしきたりを大事にし古風な一面を見せた彼女がますます好きになった。

しばらくは長い時間電話で話し親に怒られたり、月に何度かデートしたりしていたのだけど、学校が違うというのは意外に支障がある。結局は自然消滅してしまった。

その後の消息を知ることもなく、10年近い年月 (正確には8年か) が過ぎたころ僕は結婚した。
妻の名前は美智子といい、奇しくもあの彼女と同じ名前で字も同じだった。不思議な縁だなと思ったが、誰にも話すことはなかった。

それから2年ほど経ったころだったろうか、僕の職場は三条烏丸近辺にあり、お昼御飯時になると美味しいものを求めてあちこちウロウロと食べに行ったりしていた。
その日は目当ての蕎麦屋へ向かうため四条烏丸から四条通を東に向かって北側を歩いていたのだが、向こうから見知った顔が歩いてきた。彼女だった。すっかり大人の顔になり化粧も濃くなったようだが、美しさはそのままだ。

あら?

よう、久し振りだね。

元気そうね。

君もね。

そうかも。

これから昼飯なんだけど良かったら一緒にどう?

ごめん、食べてきたとこなんだ。それにもう戻らないと。

そう、それじゃあ次の機会があったら飯でも食おうな。

そうね。

じゃあ。

お互いの連絡先を交換することもなくその場を離れて行った。
自宅の近所で再会したということならあり得ない話でもないが、狭いとはいえ京都の繁華街で偶然の再開はそうあるものじゃないだろう。
今から思うとなぜこんなところにいるのかとか、職場はどこにとか聞きたいことはたくさんあったはずなのに何一つ聞くことはなかった。

そんなことが3度ほどあっただろうか、結局一度も一緒に食事することはなかったし、連絡先を交換することもなかった。
そして逢わなくなった。

僕は彼女と付き合う前に既に女性経験があったんだけど、彼女とは手をつないだことがあるくらいで、それ以上はお互いに求めなかった。
完全なプラトニックな関係だった。だから思い出がキレイなのかもしれない。

今でも四条通を歩いていると向こうから彼女が歩いてくるかもと考えることがある。
目で探すのはあの当時の君の姿。あれから半世紀ほどが過ぎているのだから昔のままの君がいるはずないのにね。


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