人生イチ多忙な3年間!最初で最後の同棲生活
私がまだ、
20代の看護学生だった時の話。
准看護師として働きながら学校に通い、彼氏と同棲生活もし、夜勤のない夜はラウンジでバイトもし、休みの日には、彼の仕事であるねるとんパーティーのお手伝いもしていた。
何故こんなに働いているのかと言うと…
貢いでいたからだ。
彼のことが好きすぎて…と言いたい所だが、ただ単に私が貢ぎたかったから。深い意味はない。
私の家に彼が住み着き、同棲生活は始まった。
その頃働きながら通える看護学校に合格し、午後の時間だけ学校に通った。午前、夕方、夜勤と病院で働き、夜勤のない時は学校から帰って夜の9時まで病院で働いた。帰りにスーパーに寄ってお買い物をし、家に帰ると彼がご飯を炊いてくれているので、おかずを作って一緒に食べる生活。
夜勤明けの日は夕方の仕事がないので夜のバイトに行く。
彼がお店の近くまで送ってくれる。終わるのは深夜1時。もちろん彼が迎えに来てくれる。
土日は、仕事が休みの時は彼のお仕事のお手伝い。
ねるとんパーティーの受付をし、司会をこなし、サクラもした。
なかなか楽しかった。
そんな生活が3年続いた。
看護学生3年目は、実習と国家試験の勉強。それでも、バイトも彼の仕事の手伝いも続けた。
自分で自分を褒めてあげたい!
無事、看護学校を卒業し国家試験も合格した。
やりきった私は彼との別れを決意する。心機一転と考えた。
彼もなんとなくわかっていたんだと思う。
どうやって別れを切り出そうかと考えていた矢先、彼と箸の持ち方で喧嘩した。
窓ガラスを割るほど激しい喧嘩。もう最後だとお互いわかっていたからか、今までの積もり積もった鬱憤を吐き出した。
彼がちゃぶ台をひっくり返し、私は最後の晩餐であるおかずを体中に浴びせられ、「終わった」と清々しい気持ちで別れることができた。
今思うと、彼も会社をやめ自分で会社を作り、新しいことに挑戦する時に、私は都合が良かったのだと思う。束縛せず、仕事の理解もありお金に困らない。
私にとっても、そこまで私をスキではない彼が心地良かったのだと思う。結婚生活よりも長く一緒に過ごした同棲生活は、人生イチ多忙な3年間だった。
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