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月の使者#ゴーショー①『ウーリーと黒い獣たち』
先日、女王ルボン様へ機密文書を送付してから数日が経った。
無事に女王様へ届いたかどうかの知らせは定かではないが、わたしは捨てても闇の国の使者。リケーン王国の方角から負の意識を感じ取ったので、間違いなく”あの文書”は女王ルボン様へ届いたのだろうと確信している。
わたしの名は「ゴーショー」。表向きは流れ商人。裏側では、ターリキィ王国に諜報活動として潜入している。冒頭にあるように、女王ルボン様の命を受けてターリキィ王国の動きを逐一、報告するのがわたしの任務だ。
近々のターリキィ王国について、話を戻そう。
アクーン王の芳しくない体調のため、酷い干ばつ被害に襲われているターリキィ王国。この問題を解決せねばと、賢者によって勇者が誕生した。ただ、ターリキィ王国の情勢は、いまだ変わらぬまま。肌を焼き付ける日光と喉の渇きが止まらない気温、ターリキィ王国の住民はそろって滝のような汗をかきながら日々を過ごしている。
しかしながら、数日前に比べると住民の顔は明るい。本来、暑さに負けて愚痴でもこぼしたくなるもの。主食のバナンナも日照り続きで、けして潤沢に手に入る状況ではない。にもかかわらず、住民の声にやさしさを感じるのは勇者の誕生が紛れもないキーポイントであったのだろう。
「勇者がなんとかしてくれる」
「勇者がこの問題を解決してくれる」
「やったーっ!わたしたちの勇者が動いてくれる」
膨らむ大きな期待はターリキィ王国中で連日、噂話となっている。やはり、住民としては懇願していたはず。この危機的な状況を打破できるのは勇者の誕生しかない!と誰しもが望んでいた。今まさに民意が勇者の重要性を説いている。
女王ルボン様との出会い
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闇の国リケーン。
言葉通り、陰湿で薄暗く人の邪な心に支配された国といえば、多くの人にとって理解は早いのだろう。「昇らない太陽はない」とは言うものの霧深いこの国は、日中帯でも日の光が乏しい。元々、標高の高い山々に囲まれた渓谷に位置する国。必然と空気は淀み、濃霧は酷く、得られる食べ物はごくわずかである。こうした背景からも、リケーン国とは人の住める環境ではない。だからこそ、他国からはリケーン国の住民とは不気味な存在と言わざるを得ない。
彼らの活動時間は昼間ではない。日が傾き、うっすらと漆黒の闇が生まれるその時間帯こそ、彼らにとっての最適な時間なのである。実際に、初めて行商に訪れる商人から話を聞くと「この国には住民はいるのか」と最初は目を疑ったと言う。日中帯にあまりにも人が少なく、どちらかといえば野犬に遭遇する方が多かったと豪語する。そして、ある時間帯を境に「異常だ」と気づく。店に明かりが灯されると「どこにそんなに人が居たんだ」と思わせるほどに、ワラワラと人が生まれ、国は賑わい出すのだ。商人は、この国の異常性について、もうひとつ苦言を示す。それは、会合で交わる会話にある。その言葉とは、けして聞いていて気持ち良いと感じるはずのない話題。
「くらい…、お先真っ暗だ…」
「あいつの性格、ムカつく!」
「ねぇねぇ、不倫してたって話、聞いた?」
酒を片手にぼやく男や口元を隠しながら喋る女性達。場所によっては「スリだ!」と轟く声も聞こえてくる。耳元に届く言葉は、どれも否定的で後ろ向きな言葉が羅列する環境。違和感しかない国こそ、リケーン国そのものである。妬みや怒り、悲しみといった負の感情を生み出し、その負の感情を原動力としてまわり続ける国。リケーン国とは「陰の国」と言えば響きは良いのだが、まさにネガティブなエネルギーによって存続している国なのである。
わたしは物心ついた頃には、リケーン国を彷徨っていた。いわば捨て子である。親の顔は分からない。いや、覚えていない。気がつけば、その日の暮らしを担保するのに精一杯だった。店の裏に残飯として捨てられた菓子パンが何よりのご馳走だった。だからなのか同年代と比べると、けして体格に優れていたわけではない。小柄でやせ細っていた。華奢な身体つきを見て、他人からは”ガリガリ君”と呼ばれていた。幸いにも、わたしにとってリケーン国とは住みやすい国だった。そうした境遇で育つには、とても好都合な国だったのだ。
「自分の身こそ、一番大切」
「未来より今をどう生きるか」
「損をするのは、損をするように過ごす方が悪い」
わたしにとってリケーン国で過ごす日々は、強靭な精神力を育むには最適な環境だった。ただ、けして最初から”強い心”を持ち合わせていたわけではない。わたしにも人の心は宿っている。
今でも忘れられない。わたしの一生涯で、最も辛く過酷でひとりの人間の心を抹殺するには十分だった一日。その日こそ、わたしにとっての運命の一日だったかもしれない。
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その日は、リケーン国にとって近年稀に見るほど強烈な寒波だった。元々、霧深い国なのに、街の概要すらも分からないほどに積もる雪。また、横殴りの吹雪は毛布を包み路地裏に隠れるわたしにとって衝撃的な体験だろう。
皮一枚ほどの身体には、あまりに堪える寒さ。気づけば、歯ぎしりは止まらず、震えが止まらない。孤児のわたしにとって、ただただ寒さに耐えて時が過ぎるのを待つしかなかった。
どれほど耐えたのだろう。薄れゆく意識と戦いながら、壁の隙間から斜めに流れる雪を見つめ続ける。薄っぺらな毛布よりも、傍にある残飯のほうが温かいと感じるほどに身体は冷え切っている。いや、そういうふうに考える頃にはすでに感覚はなかった。感覚はなくとも、思考は働き続ける。この寒空、たった一枚の毛布に頼ることでしか己の生を維持できない状況に悔しさを増幅させていた。
「なぜ、自分だけがこんな目に合うんだ」
三日間ほど水分を取っていなくても、涙は流れることを理解した。憎悪に顔を歪めながら、固まり切った握り拳に力が入るのが分かった。視界が暗い。何度も視界を見失うのは、勝手に下がる瞼のせいだった。一瞬、画面が暗転する。わたしにとっては一瞬だったのだろうが、どの程度の時間が過ぎたのかは定かではない。
ちょっと、キミ!!
朦朧とする意識の中で見慣れない声がわたしの耳に届く。耳から入る情報だけは分かるが、反応しようにも身体は硬直し、とうぜん発声する不可能だ。続けて、その声は繰り返される。
ねぇ、聞こえる!
ねぇ…
ねぇ、ったら!!
澄んだ声は、あきらかにわたしに向かって発してくる。わたしは体育座りで壁にもたれかかった顔のまま、必死のいきおいで瞼を上げた。斜めに開いた視界から見える光景は、この世のものではなかった。
なぜなら、そこには”天使が居た”からなのだ。
その天使は、深々と帽子を被り温かなコートを羽織り、手には見たことのないような装飾の施された手袋をはめている。耳元に映えている毛糸のようなものはなんなんだ!と興味を示したのを覚えている。身形と声から察するに、わたしと変わらないぐらいの年頃だろうか。感覚的に7~8歳だろうか。意識が戻りつつある中で、天使は言う。
ちょっと!
衛兵!!
この子を
すぐに馬車に乗せて!!
衛兵
「しかし、このような素性の分からないものを乗せるのは…」
天使
「いいから、早く!わたしの命令がきけないの!?」
衛兵
「ははーっ!ただちに馬車へご案内します!」
わたしは、二人の屈強な男に抱きかかえられて生まれて初めて馬車へ乗車した。その後の記憶は、温かなベッドの上から覚えている。
察しのよい方ならお分かりだろう。
九死に一生の命を救ってくれたのは、あの”女王ルボン様”なのである。
女王ルボン様は、その日、たまたま馬車を走らせて国内の見学に向かった際、わたしを発見したのだと教えてくれた。
少女ルボン
あの痛烈な体験から一生を取り留めたわたしは、その後はルボン様の配下についた。配下というには表現がおかしいだろう。わたしは彼女の玩具といったほうが正しい表現だといえる。後から聞けば、ルボン様はわたしの5つ上だと教えられた。彼女にとってみれば、身寄りのないわたしの存在は都合の良い召使いだったのだろう。
当時は、彼女の鬱憤晴らしによく付き合わされたものだ。やれ、馬になれ!だ、あれを買ってこい!だ、散歩に付き合え!だと、事あるごとに呼ばれては彼女のご機嫌取りのために動き続けた。
こうした体験を聞いて、暴虐武人っぷりの酷い少女だと感じたかもしれないが、彼女は世間でいえば一国の王女様。リケーン国の将来を担う存在だ。そのプレッシャーたるや、どれほどに彼女を苦しめたのだろう。少なくとも、ルボン様の母君から与えられる躾は尋常ではなかった。それほどに、ルボン様に期待をしていたのかもしれない。
ただ、彼女はまだ幼かった。負の感情を抱えて生きていくには、精神力が幼かった。その反動だろう。ルボン様の内に秘める”なんともし難い感情”の矛先は、言葉となり行動となりわたしに向けられた。王女として生きなければいけない道は平坦ではない。だからこそ、どこかのタイミングでバランスを取るために防波堤の役目として”わたしの存在”はあるように感じた。また、わたしにとってルボン様は命の恩人である。彼女の心が安らぐなら、この命は好きに使ってほしいと願っている。
少女だったルボン様と、いまでも忘れられない思い出がある。
その日は、勉学に励む日だった。
ルボン様の計らいにより、わたしは教養を身に付けられる機会に恵まれた。教壇で指揮を取る先生を前に、ルボン様と机をひとつ、隣通しでペンを走らせていた。わたしの話しだが、物心ついた頃から”学び”のひとつすら知らない日々を過ごしていた。当然、文字については知る由もなく。5つ違いのルボン様を尻目に、当時のわたしは文字を覚えるのに必死だった。ただ、ひたすらに「あ」なら「あ」をノートに書き続ける毎日。それはおよそ同じ年齢の子が学ぶには、あまりに幼稚でくだらない内容だった。ただ、わたしにとって勉学とは、殺伐とした日々を過ごしていた身からすると非常に新鮮で面白く、すぐに興味を示すには時間は必要なかった。黙々と一文字を書きなぞらえる。
そんなときに、ひょっこりルボン様はわたしのノートをのぞき見る。「真面目に勉強するわね。何が面白いの?」と言葉にはしないものの、不満げな顔をわたしに向ける。ルボン様にとって”勉学”とは、苦痛な時間だったのかもしれない。そんなルボン様にとって嫌な時間でも、唯一、ゲラゲラと腹をかかえて笑った瞬間がある。
わたしが「らんち」と書いたノートを見た瞬間である。
わたしは文字を覚えたてである。漢字やカタカナといった概念すら理解していない。その日も黒板に書かれていた字をノートへ書き写していた。するとルボン様は「らんち」という言葉に反応したのだ。
ルボン様
「なに!それ!!すごい卑猥じゃん!!」
わたしは「ひわい??」と訳も分からず、隣で笑い転げるルボン様をキョトンと見つめる。ツボに入ったのか笑いの止まらないルボン様を先生はなだめるほどだ。
その時は「ルボン様は賢いから」と妙な納得感だけを求めて、その話は終息したが、あとから聞けば、わたしの書き文字のクセが強すぎて、ある言葉に見えたらしい。その真相はのちに解説しよう。
真相はコチラ☟
わたしは、ルボン様の気遣いによって教養を身に付けることができた。このことは心から感謝しても感謝し尽せないほどに頭が上がらない。今、こうして行商人として、諜報員としてリケーン国の為に活躍できるのは女王ルボン様のおかげなのだ。
女王の逃亡
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その日は、朝から城内が騒々しかった。わたしは、衛兵としての業務に励む為に準備をしていた矢先に起きた出来事だ。どうやら、ルボン様が逃亡したらしい。
王女から女王としての貫禄を感じつつあるルボン様。すっかり互いに身分の違いを理解できる年頃だからこそ、すれ違いの日々を過ごしていたある日の出来事。
たしかに、ルボン様が逃亡する前日は女王様の言葉は厳しかった。年齢を重ねつつ間違いなく女王ルボンに向かう刻の中で、生まれた叱責。多感な時期の彼女にとって耐え難い苦痛だったのだろう。
しかしながら、王女様の逃亡はリケーン国にとってあるまじき行為である。「すぐに王女を探すように」と女王から衛兵に命令が下る。わたしは、まだまだ新米だったので、城内に残り警備に当たるよう指示された。
1ヶ月ほどが経つ。
およそ想像以上にルボン様の足取りを掴むのに苦労している衛兵たちを見て、わたしは「彼女は見た目以上に活発な人だから、そう簡単には見つからないだろう」と考えていた。
そんな中で「ルボン様が見つかった」との朗報が流れる。
「良かった」と安堵しつつ話の続きを聞くと…
「どうやら、ショウナーン王国に居る」とのこと。
そして、「男を作った」とのこと。
!?
あの女王が男を作った!?
あの卑猥な言葉でゲラゲラ笑っていた女王が男を作ったと!!
あまりに衝撃的な事実を目の当たりにして、わたしは不覚にも取り乱してしまった。いや、たしかに多感な時期であられる王女様だからこそ、男のひとりやふたりは欲しいと願うのは間違いではない。そういう自然の摂理だ。ただ、逃亡先で男を作るって…、それも一国の王女様が…
わたしが人気のないところでクスっと笑ったのは内緒にしてほしい。
「男を作った」との報告を受けて乱心状態の女王様だったが、時間が過ぎるとともに落ち着きを取り戻した。どうやら、ルボン様の相手を知ってから変わったらしい。
わたしはそのことを知るすべもなく、ルボン様はリケーン国へ戻ってくるのだろうかと半信半疑の日々を過ごしていたのだった。
続く…
ウーリー物語は動き出す!
勇者ウーリーの動向はコチラ☟
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