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内部通報UPDATE Vol.13:公益通報者保護制度検討会 報告書の公表


1. はじめに

消費者庁に設置された公益通報者保護制度検討会(以下「本検討会」といいます。)が2024年12月27日付けで「公益通報者保護制度検討会 報告書-制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて-」(以下「本報告書」といいます。)を公表しました。本検討会の設置の経緯については、【内部通報UPDATE Vol.11:公益通報者保護法を巡る展開と展望】、2024年9月2日に公表された中間論点整理については【内部通報UPDATE Vol.12:公益通報者保護制度検討会 中間論点整理の公表】をご参照ください。

この度、全9回の検討会を経て本報告書が取りまとめられましたので、今回はその内容及び今後企業が取る必要が出てくる対応等について解説します。

【参照リンク】
公益通報者保護制度検討会 報告書

2. 公益通報者保護制度見直しの必要性

中間論点整理についての解説記事でも記載したとおり、事業者内で重大な法令違反行為を発見した場合において労働者等が公益通報を躊躇または断念する主な要因は、①誰に相談・通報したら良いのか分からないこと、②上司や同僚などに公益通報者の身元が特定され、不利益取扱いを受ける懸念があること及び③公益通報をしても、利益相反のない独立した立場で適切な調査が実施されない懸念があることであると考えられています。

2020年(令和2年)6月に行われた法改正(令和2年法律第51号)により、新たに事業者の体制整備義務や従事者指定義務及び従事者の守秘義務が規定されたことにより、不正を相談・通報する先が明確化・集約されること、通報者の秘密が守られ、利益相反になりにくい体制が確保されて、労働者等が安心して公益通報できることが期待されており、2024年4月に消費者庁が公表した「令和5年度 民間事業者等における内部通報制度の実態調査 報告書」においても、一定の効果が認められたことが読み取れます。

【参照リンク】
民間事業者等における内部通報制度の実態調査報告書(調査1)

もっとも、内部通報制度を「導入している」と回答した事業者の30.0%が内部通報窓口の年間受付件数を「0件」と回答していることや、他の先進国に比べ、我が国の公益通報者の保護は依然として弱い状況であるとの指摘もされていることなどを踏まえ、本報告書においては、以下のような提言がなされました。

① 事業者における体制整備義務の履行の徹底や実効性向上を図ること
② 労働者等による公益通報を阻害する要因に適切に対処すること
③ 公益通報を理由とする不利益な取扱いを抑止し、救済措置を強化すること
④ 公益通報の実施状況や不利益な取扱いの実態に併せて通報主体の範囲を拡大すること

3. 個別論点

本報告書では、上記の提言も踏まえ、個別論点について、概要、以下のとおり整理しています。

1 事業者における体制整備の徹底と実効性の向上
(1)従事者指定義務の違反事業者への対応
(2)体制整備の実効性向上のための対応
(3)体制整備義務の対象となる事業者の範囲拡大

2 公益通報を阻害する要因への対処
(1)公益通報者を探索する行為の禁止
(2)公益通報を妨害する行為の禁止
(3)公益通報のために必要な資料収集・持ち出し行為の免責
(4)公益通報の刑事免責
(5)濫用的通報者への対応

3 公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済
(1)不利益な取扱いの抑止
(2)不利益な取扱いからの救済
(3)不利益な取扱いの範囲の明確化

4 その他の論点
(1)通報主体や保護される者の範囲拡大
(2)通報対象事実の範囲の見直し
(3)権限のある行政機関に対する公益通報(2号通報)の保護要件の緩和

本記事では、個別論点の中から、実務上の対応が必要となり得る事項の中から特に重要であると思われる事項を取り上げ、解説します。

(1)事業者における体制整備の徹底と実効性の向上

ア 従事者指定義務の違反事業者への対応
公益通報者保護法11条1項は、常時使用する労働者の数が301人以上の事業者に対し、公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務に従事する者(公益通報対応業務従事者)の指定義務を定めています。しかし、従事者指定義務の履行は徹底されていない実態があることや、違反に対する刑事罰が規定されていないことを踏まえ、以下のような対応が提案されています。

消費者庁の行政措置権限を強化すべきである。具体的には、現行法の報告徴収、指導・助言、勧告、勧告に従わない場合の公表に加え、立入検査権や勧告に従わない場合の命令権を規定し、事業者に対し、是正すべき旨の命令を行っても違反が是正されない場合には、刑事罰を科すこととすべきである。

イ 体制整備義務の対象となる事業者の範囲拡大
内部通報UPDATE Vol.12:公益通報者保護制度検討会 中間論点整理の公表】にも記載した、「体制整備義務の対象となる事業者の範囲を、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者にも拡大すべき」という議論については、中小規模事業者が体制整備義務を負うことによる実務上の負担等も考慮し、「義務対象事業者が常時使用する労働者数の段階的引き下げや中小規模事業者が対応可能な措置について、引き続き検討すべきである」と記載されるにとどまっています。そのため、当面の間は、常時使用する労働者の数が301人以上の事業者のみが体制整備義務を負うという現在の規定は維持されることが予想されます。

(2)公益通報を阻害する要因への対処

ア 公益通報者を探索する行為の禁止
通報者の探索行為は、公益通報をした労働者等に対して不利益取扱いの脅威を与えるのみならず、公益通報を行うことを検討している他の労働者を萎縮させるなどの悪影響が生じる行為であるため、法律上、正当な理由なく、公益通報者を探索する行為を禁止する規定を設けるべきではないかとの議論の末、本報告書では以下の対応が提案されています。

法律上、正当な理由がなく、労働者等に公益通報者である旨を明らかにすることを要求する行為等、公益通報者を特定することを目的とする行為を禁止する規定を設けるべきである。

他方で、探索行為への罰則の新設に関しては、「不利益な取扱いを伴わない探索行為自体が、罰則に値する反社会性の高い行為とまでは言えない」などの理由で「今後、必要に応じて、慎重に検討すべきである。」と記載されるにとどまっています。公益通報を契機とする不正調査に従事してきた経験上、探索行為に罰則を設けることにより「調査担当者が萎縮し、事実関係について確認するための正当な調査に支障が生じる懸念がある」との本報告書の指摘はもっともであり、罰則の導入には、要件の明確化等解決すべき課題が多いと考えます。

イ 公益通報のために必要な資料収集・持ち出し行為の免責
一定の条件の下で公益通報のために必要な資料収集・持出し行為が免責されるよう規定を設けるべきか否かという論点に関しては、民事上の免責・刑事上の免責のいずれについても整理すべき問題が残されているとして、「免責のための具体的な要件や事業者の免責の必要性について、引き続き、検討すべきである。」と記載されるにとどまっています。

ウ 濫用的通報者への対応
濫用的通報に対して罰則を設けるべきとの意見もあり、本検討会において議論がなされたようですが、他の犯罪(偽計業務妨害罪や名誉毀損罪等)が成立し得る場合があること、濫用的通報の例である「軽微な事実を殊更誇張して繰り返し行う通報」については罰則に値する反社会的行為であるとは言えないなどといった理由から、現時点では罰則の導入に消極的な報告がなされています。

(3)公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済

ア 不利益な取扱いの抑止
公益通報を理由とする不利益な取扱いは、民事上の禁止規定が規定されているのみであり、不利益取扱いの効果も、例えば解雇の無効等にとどまっているため、公益通報を理由とする不利益な取扱いに対する刑事罰の導入の要否が議論されました。「懲戒に該当しない降格・減給や配置転換は、対象者の能力や成果などに基づいて、使用者の裁量によって行うべきものであり、これらが刑事罰の対象に含まれると、企業の人事政策が過度に制約され、企業活動に悪影響を与えるおそれがある」といった意見が出たことを踏まえ、以下の対応が提案されています。

構成要件の明確性及び当罰性の観点から、刑事罰の対象となる不利益な取扱いは、不利益であることが客観的に明確で、かつ、労働者の職業人生や雇用への影響の観点から不利益の程度が比較的大きく、事業者として慎重な判断が求められているものとして、労働者に対する解雇及び懲戒に限定することが考えられる。
不利益な取扱いのうち、解雇及び懲戒を除く、例えば、不利益な配置転換や嫌がらせ等を罰則対象とすることについては、構成要件の明確性及び当罰性の観点から、具体的に罰則対象となる不利益性の大きい行為の範囲や定義について更に検討することが必要であり、我が国における今後の雇用慣行の変化や公益通報以外の事由を理由とする不利益な取扱いを禁止する法律における罰則の導入状況等も注視しつつ、今後、引き続き対応を検討すべきである。

また、この項目では、「公益通報を理由とする不利益な取扱いは、法の趣旨を損なう加害行為であり、仮に、そのような行為が放置されれば、事業者内やさらには社会全体において、不正を覚知した者が公益通報をすることに萎縮が生じる。」といった公益通報を理由とする不利益取扱いの悪質性に鑑み、法人への罰則は、行政による是正命令に違反するような場合にのみ行政罰または刑事罰が適用される間接罰ではなく、直罰方式が相当であると提言されています。

さらに、法人に対しては、身体の自由を奪う刑罰である自由刑を科すことができないことなどを理由に、「法人に対する刑事罰については、自然人と比較した事業者の資力格差、不正発覚の遅れによって事業者が得る利益や社会的被害の大きさ、行為の悪質性・社会的な影響等を踏まえ、法人重課を採用すべきである。」といった提言がなされています。

イ 不利益な取扱いからの救済
労働者が公益通報をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを受けた場合、その地位を回復するためには、労働者は裁判において、「不利益な取扱いが公益通報を理由として行われたこと」等について立証責任を負うのが原則となりますが、情報や証拠資料が事業者側に偏在していることなどもあり、労働者の立証負担が重いと言われています(また、このことが労働者等が公益通報を躊躇する要因の一つになっているとも言われています。)。
そのため、労働者の立証責任を緩和すべきであるとの意見がありましたが、他方で、対象となる不利益な取扱いについては、解雇及び懲戒に限定し、不利益な配置転換や嫌がらせ等は含めるべきではないとの意見もありました。そこで、以下の提案がなされています。

我が国においては、労働訴訟実務上、労働者が解雇無効(労働契約法第16条)や懲戒無効(同法第15条)を主張する場合には、解雇・懲戒事由について、事実上、事業者に重い立証負担がある。このことや情報の偏在、公益性を踏まえれば、解雇や懲戒について、「公益通報を理由とすること」の立証責任を事業者に転換すべきである。
一方、不利益な取扱いのうち、解雇及び懲戒を除く、例えば、不利益な配置転換や嫌がらせ等については、我が国の労働関係法規において、民事的な効果や適法性・違法性をめぐる立証責任の所在を定めた規定はない。
(中略)
事業者の中には公益通報者かどうかに関係なく人事運営が行われるよう徹底しているところもあるが、不利益な配置転換の理由の立証責任を事業者に転換した場合の影響について、人事異動に不満を持つ労働者によって制度が悪用され事業者内の円滑な人事運営や適切な通報への対応に支障が生じるとの懸念が根強い。
このため、不利益な配置転換や嫌がらせ等、解雇・懲戒以外の不利益な取扱いについては、立法事実を踏まえ、どのような場合に公益通報を理由とすることの立証責任の転換という例外的な措置を許容することができるか、より踏み込んだ検討が必要であり、我が国の労働関係法規における取扱いや雇用慣行、事業者の公益通報対応の実務、労働訴訟実務の変化も注視しつつ、立証責任の配分の在り方について、今後、引き続き検討すべきである。

また、立証責任を転換する場合の期間制限についても議論がなされています。時間の経過とともに事業者側の立証が困難になり、また、不利益な取扱いは公益通報とは別の理由である蓋然性が高くなることから、立証責任を事業者に転換する場合には、一定の時間的な区切りを設けることが適当との意見がありました。2号通報(権限のある行政機関への通報)や3号通報(その他の事業者外部への通報)については、労働者が公益通報をした日と事業者が公益通報があったことを知った日にはタイムラグがあることを踏まえ、期間制限の起算点を、事業者が公益通報があったことを認識した時に設定することが考えられるとの意見もありました。そこで、以下のような対応が提案されています。

我が国の労働関係法規において、立証責任を転換した規定例や、公益通報後、近接した時期に、解雇及び懲戒が公益通報者に対して行われた場合には、公益通報を理由とするものである蓋然性が高いことを踏まえ、公益通報をした日から1年以内の解雇及び懲戒に限定して、「公益通報を理由とすること」の立証責任を転換すべきである。
また、2号通報及び3号通報については、事業者が公益通報があったことを知って、不利益な取扱いが行われた場合には、当該「知った日」を起算点とすべきである。
加えて、立証責任を転換する場合の期間制限については、今後の立法事実の蓄積を踏まえて、必要に応じて、見直しを検討すべきである。

(4) その他の論点

通報主体や保護される者の範囲拡大
いわゆるフリーランスという働き方が増えていることや、2024年にフリーランスの権利を保護する「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(令和5年法律第25号)が施行されたことなどを踏まえ、以下のとおり、通報主体として保護される者にフリーランスを追加する提案や不利益な取扱いの禁止をする旨の提案がされています。

公益通報の主体に事業者と業務委託関係にあるフリーランス及び業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスを追加し、フリーランスが法第3条第1項各号に定める保護要件を満たす公益通報をしたことを理由として、事業者が当該フリーランスに対して、業務委託契約の解除、取引の数量の削減、取引の停止、報酬の減額その他の不利益な取扱いを行うことを禁止すべきである。

4. まとめ

本報告書の「Ⅳ おわりに」には、「本報告書で提言された個別論点のうち、検討会で一定の具体的方向性が得られた事項については、法改正も含めた対応を早急に検討するよう、政府に要請する。」との記載があります。本報告書で一定の方針が打ち出された論点については、今後法改正がなされる可能性が高いものとして、引き続き法改正の動向を注視していく必要があります。


Authors

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

弁護士 榮村 将太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2022年弁護士登録(第一東京弁護士会)
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業を経て、2024年8月から現職。
従業員不正や当局対応等の危機管理・コンプライアンス案件、訴訟・紛争案件に加え、景品表示法を含む消費者法や人事労務等を中心に広く企業法務全般を取り扱う。

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