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労働法UPDATE Vol.10:【速報】事業場外労働のみなし労働時間制に関する新たな最高裁判例①

2024年4月16日、事業場外労働のみなし労働時間制(労働基準法38条の2。以下「事業場外みなし労働時間制」といいます。)に関する新たな最高裁判例 (以下「本判決」といいます。)が示されました。本判決は同制度に関する約10年ぶりの最高裁判例であり、実務上重要かつ注目すべき判例です。以下では、本判決の内容等について、速報ベースでご紹介します。


1. 労働時間の把握と事業場外みなし労働時間制

はじめに、本判決の前提となる事業場外みなし労働時間制の概要を確認します。

労働基準法は労働時間についての原則や制限等を定めており(労働基準法32条等)、その前提として、使用者は労働者の労働時間を適切に把握しなければなりませんが(厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」参照)、他方で、事業場外で業務に従事した場合等、使用者による指揮監督が及ばないため労働時間の把握が必ずしも容易ではない場合もあります。

この場合を想定して、労働基準法38条の2で次のように定められました。

【労働基準法38条の2】
① 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。

② 前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。

③ 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。

すなわち、「労働時間を算定し難いとき」、労働基準法は、原則として所定労働時間の労働をしたものとみなす旨を定めており(労働基準法38条の2第1項)、これが事業場外みなし労働時間制の骨子となります。

では、「労働時間を算定し難いとき」とは、どのような場合をいうのでしょうか。

文献等では、例えば「使用者が合理的といえる範囲の努力をしたとしてもなお、労働者の勤務状況を、その労働時間を算定しうる程度に把握することが客観的にみて困難といえる状況を指すものと考えられる」とされています(荒木尚志ほか編『注釈労働基準法・労働契約法 第1巻-総論・労働基準法(1)』561頁〔川田琢之〕(有斐閣、2023年))。そのため、使用者が自らの判断で、労働時間を把握する措置を講じていないような場合にまで、直ちに「労働時間を算定し難いとき」に該当するわけではありません(同561頁)。 

また、事業場外で業務に従事する場合でも、事業場外みなし労働時間制が使用者の指揮監督下に及んでいないために、労働時間制度の例外として所定労働時間労働したものとみなす制度であるため、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能なため事業場外みなし労働時間制の適用はありません。具体的には、通達において、以下に述べるような場合は「労働時間を算定し難いとき」に当てはまらないとされています(昭和63年1月1日基発第1号・婦発第1号)。

■ 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合

■ 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合

■ 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

他方で「労働時間を算定し難いとき」に関する裁判例をみると、これまで最高裁判例としては、後述する阪急トラベルサポート(第2)事件(最判平成26年1月24日裁判集民246号1頁。以下単に「阪急トラベルサポート事件」といいます。)しかありませんでした。

このような状況の中、阪急トラベルサポート事件から約10年を経て、最高裁として「労働時間を算定し難いとき」に関する判断を示したのが本判決となります。

2. 本判決の事実経過

(1)事案の概要

本判決では、外国人技能実習生の監理団体であるY(一審被告、上告人)に雇用され、指導員として勤務していたX(一審原告、被上告人)について、「労働時間を算定し難いとき」に該当し事業場外みなし労働時間制が適用できるかが争点となりました。

Xは、担当する九州地方各地の技能実習実施者に対し、月2回以上の訪問指導を行うほか、技能実習生のために、来日時等の送迎、日常の生活指導や急なトラブルの際の通訳等(以下「本件業務」といいます。)を行っていました。

本件業務に関しては、以下のような特徴が指摘されています。

■ Xは、実習実施者への訪問予約を行う等して自分で具体的なスケジュールを管理していた。

■ XはYから携帯電話を貸与されていたが、携帯電話によって随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることはなかった。

■ Xの就業時間は9:00~18:00(休憩は12:00~13:00)と定められていたが、実際の休憩時間は就業日ごとに異なっていた。

■ Xはタイムカードを用いた労働時間管理を受けておらず、自らの判断により直行直帰することもできた。

■ 月末には、就業日ごとの始業時刻・終業時刻・休憩時間のほか、訪問先、訪問時刻及びおおよその業務内容等を記入した業務日報をYに提出し、その確認を受けていた。

(2)原審(福岡高裁)の判断

以上の事実関係を前提に、原審は以下の要旨の判断をし、本件業務は「労働時間を算定し難いとき」には当たらない(事業場外みなし労働時間制は適用できない)と判断しました。

Xの業務の性質、内容等からみると、YがXの労働時間を把握することは容易でなかったものの、Yは、Xが作成する業務日報を通じ、業務の遂行の状況等につき報告を受けており、その記載内容については、必要であればYから実習実施者等に確認することもできたため、ある程度の正確性が担保されていたといえる。現にY自身、業務日報に基づきXの時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったものであり、業務日報の正確性を前提としていたものといえる。

3. 本判決の判断

(1)結論

これに対し、本判決は、以下のとおり原審の判断が誤りであるとしてこれを破棄し、本件業務について「労働時間を算定し難いとき」に該当するか等を更に審理させるため、本件を原審に差し戻しました。

原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき・・・「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には・・・解釈適用を誤った違法があるというべきである。

(2)判断のポイント

まず本判決は、本件業務の内容や指示・報告の態様等について以下のように述べ、Xの事業場外における勤務状況を具体的に把握することが容易だったとはいえないと指摘します。

本件業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたるものであった。また、Xは本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理しており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものである。

このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、Xが担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、Yにおいて、Xの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い。

その上で、Xの業務日報に関する原審の判断(①記載内容を実習実施者等に確認可能であること、②Y自身が残業手当の支払の基礎とする場合もあったことを踏まえて、業務日報の正確性が担保されていたと評価した)については、それぞれ以下のように述べ、原審の判断の不備を指摘しています。

上記①については、単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。上記②についても、Yは、・・・残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずにXの労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければYが業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、Yが一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。

(3)林道晴裁判官の補足意見

また、本判決には補足意見が付されており、以下のとおり、本判決が「労働時間を算定し難いとき」に係る判断に際して考慮した事情は、後述する阪急トラベルサポート事件とおおむね同様であり、今後の同種事案においても参考になる旨が指摘されています。

多数意見の結論及び理由付けに全面的に賛成するが、・・・「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断の在り方について、若干補足する。
多数意見は、・・・業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮している。これらの考慮要素は、(注:労働基準法38条の2第1項についての)リーディング・ケースともいえる最高裁平成24年(受)第1475号、同26年1月24日第二小法廷判決・裁判集民事246号1頁が列挙した考慮要素とおおむね共通しており、今後の同種事案の判断に際しても参考となると考えられる。

他方、事業場外労働の在り方の多様化を踏まえ、定型的判断の難しさと個別の事例に即して具体的に「労働時間を算定し難いとき」に当たるかを判断する必要性にも言及しています。

いわゆる事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含む、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているように思われる。
こうした中で、裁判所としては、上記の考慮要素を十分に踏まえつつも、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、・・・「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと考える。

(4)小括

本判決は本件を原審に差し戻したため、Xの本件業務が「労働時間を算定し難いとき」に該当するのか(事業場外みなし労働時間制が適用されるか)、現時点では明らかにされていません。また、上記補足意見のとおり、本判決はあくまで本件の事案に即した個別判断であり、何らかの一般的な基準を直ちに得られるものではありません。

他方で、もちろん各裁判例が個別の事例判断であることには留意しつつも、本判決の内容やこれまでの裁判例等から、(基準とまではいえないにせよ)何らかの示唆を得られるのであれば、これが本判決を踏まえた実務の在り方を検討する上で有益であることもまた確かです。

そこで次の「労働法UPDATE Vol.11:【速報】事業場外労働のみなし労働時間制に関する新たな最高裁判例②」では、速報記事という性質上、限られた範囲にはなりますが、「労働時間を算定し難いとき」に関する他の裁判例も踏まえつつ、本判決に関する実務上のポイントや示唆について検討を試みたいと思います。


Authors

弁護士 菅原 裕人(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2016年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
高井・岡芹法律事務所(~2020年8月)を経て、2020年9月から現職(2023年1月パートナー就任)。経営法曹会議会員(2020年~)。日々の人事労務問題、就業規則等の社内規程の整備、労基署、労働局等の行政対応、労働組合への対応(団体交渉等)、紛争対応(労働審判、訴訟、労働委員会等)、企業再編に伴う人事施策、人事労務に関する研修の実施等、使用者側として人事労務に関する業務を中心に、企業法務全般を取り扱う。

弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)
西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務を中心に、紛争・事業再生、M&A、スタートアップ支援等、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。

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