ナイちゃんの華麗《カレー》なる人生の記録 第14話
*
『…………』
「最低だ。最低だよ、あんたたちは。もう『わたしたち』の親だとは思わない。別の場所に住まわせてもらうわ。ここには、もう二度と来ない。さよなら」
「ま、待って、アルちゃんっ!」
わたしは母の声を無視して呪われた家を出た。
*
ナイちゃんが亡くなる一日前の話である。
「ついにボムカレーが発売されたわね」
「そうね」
ナイは再び入院することになった。
最終手段として、ナイの寿命をなんとか延ばすことができないか「あの病院」で検査することになったのだ。
「でも、もう、あたしは『このあとの展開』を見ることなく死んでしまうようね」
「まだ手があるはずよ。あきらめないで、ナイちゃん」
わたしたちはふたりでひとつだ。
決して離れることはない。
少なくともわたしは、そう思っていた。
だから、ナイが死ぬという結果を受け入れる自信がなかった。
「あたしが死ぬわけないと思ってるでしょ」
「え?」
「死ぬに決まってんじゃん、バカなの?」
「バカじゃないよ、バカって言うほうがバカなんだよ」
「あ、バカって言った。あたしたちはバカだ」
「そうだね、バカだね、わたしたちは」
わたしたちは笑いあった。
わたしは残りの時間だけでも笑顔でいようとした。
きっと、ナイちゃんも。
「あ、そうだ。アルに……アルちゃんに渡すものがある」
「?」
わたしは首をかしげる。
「あたしのパソコンのパスワードだよ。アル……に全部託そうと思う」
「託す? なにを?」
「あたしのパソコンには今まで培ってきた歴史がある。アルが『伊丹さんちのカレー屋さん』の店長になるとき、活かせるときが来るかもしれないから」
「そう……わかった。ありがとう」
「……いつか、また……あたしは先へ待ってるね。じゃあ……またね、アルちゃん」
「うん、またね、ナイちゃん」
わたしたちは、ここで別れた。
ふたりでひとつから、ふたつでひとりになったのだ。
*
――ナイちゃんが亡くなった一週間後。
わたしはナイちゃんのパソコンを確認した。
パスワードは何重にもロックされており、ログインするのに時間がかかった。
「ナイちゃんの華麗《カレー》なる人生の記録……か」
ナイちゃんがワールド・ワイド・ウェブにつくっていたブログ名である。
そこには、ナイちゃんがどうして、インターネットや株やFXで儲けていたのにカレーにこだわる理由が書かれていた。
結局のところ、ナイちゃんは痛みがなくてもカレーが大好きで、ナイちゃんにとってお金よりも大切なものがカレーにはあったのだ。