妹からチョコをもらいたい兄がいてもいい(短編小説)

世間はバレンタインデー一色に染まっていた。

「チョコ、か……」

そう呟いて、僕はスマホの画面を閉じる。

毎年この日が近づくと、なぜか憂鬱な気分になる。

理由はわからないけれど、とにかく気が重いんだ。

「さて、準備しないと……」

気怠い身体をベッドから起こして、大きく伸びをする。

今日は二月十四日だ。

いつも通り授業を受けて、放課後にはバイトに行かなければならない。

僕はベッドから起き上がると、パジャマから制服へと着替える。

それから部屋を出てリビングへと向かった。

「おはよう、お兄ちゃん」

リビングに入ると、妹の天音が朝食を摂っていた。

彼女は中学三年生で、僕と同じ中高一貫校に通っている。

「おはよう、天音」

僕は軽く挨拶を済ませると、洗面所に向かって顔を洗う。

そしてそのまま台所に向かうと、冷蔵庫を開けた。

中から牛乳を取り出すと、コップに注いで一気に飲み干す。

「ぷはっ……やっぱり朝はこれに限るね!」

牛乳を飲み終えると、僕は空になったコップを流し台に置いて再びリビングに戻る。

すると、天音が僕の方をジッと見つめていた。

「……どうしたの?」

僕がそう尋ねると、天音はゆっくりと口を開く。

「ねぇ、お兄ちゃん。今日ってなんの日か知ってる?」

「えっ? うーん、なにか、あったっけ?」

「はぁ……やっぱり忘れてるんだ」

そう言って、天音は呆れた表情を浮かべる。

どうやら、なにか大切なことを忘れてしまったらしい。

だけど、いくら考えても思い当たる節はなかった。

「ごめん、なんだっけ?」

「もうっ! 本当に忘れちゃったの!? 今日はバレンタインデーだよ!!」

「……あっ、そうだった!」

言われて、ようやく思い出す。

そういえば今日はバレンタインデーだった。

だから朝から憂鬱な気分になっていたのか。

「まったく、これじゃあ、わたし以外にチョコをくれる女の子なんていないんじゃない?」

「うっ……それは言わないでよ」

痛いところを突かれて、思わず顔が引き攣ってしまう。

実際、今まで学校で一度もチョコをもらったことがないのだから。

「まぁ、お兄ちゃんは、いつまでも、わたしのお兄ちゃんでいてね。ということで……はい、これ」

そう言うと、天音は鞄の中から小さな箱を取り出して僕に渡してきた。

可愛らしい包装紙に包まれた小箱だ。

「これは……?」

「とぼけないでよ。チョコレートだよ。いつもお世話になってるから、そのお礼」

「あ、ありがとう……!」

「それじゃあ、わたしは先に学校に行くから」

「うん、行ってらっしゃい」

僕は笑顔で手を振って、玄関へと向かう天音を見送った。

「さて、さっそく食べてみるか」

リビングに戻ると、僕はテーブルの上に置いてあった箱を手に取る。

包装紙を丁寧に剥がして蓋を開けると、中にはハートの形をしたチョコレートが入っていた。

「いただきます」

一口食べると、口の中に甘い味が広がる。

それと同時に幸せな気持ちになった。

やはり甘いものを食べると心が落ち着くなぁ。

それからしばらくチョコレートを堪能した後、僕も出かける準備を始めた。

制服に着替えたあと、カバンを持って家を出たのだった。

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