わたしは吸血鬼のネコになる(短編小説)
*
「咲良ちゃん、今日の放課後、暇?」
「えっ? あ、うん、特に用事はないけど」
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ!」
「付き合うって、どこに?」
わたしが聞き返すと、花恋ちゃんはいたずらっぽく笑った。
「ふふん、それはお楽しみだよー」
「わかった、楽しみにしておくね」
「うん、期待してて!」
そして、放課後がやってきた。
花恋ちゃんの後について歩いていると、やがて、人気のない場所までやってきた。
一体、どこに行くんだろう?
そう思った時だった。
突然、花恋ちゃんが振り返って、わたしに抱きついてきた。
「えっ、ちょっ、急にどうしたの!?」
慌てて引き剥がそうとするが、びくともしない。
それどころか、さらに強く抱きしめられてしまう。
「えへへ、つかまえたぁ」
そう言って、花恋ちゃんは嬉しそうに笑った。
「捕まえたって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ、これからあたしたちは主従関係になるの」
「それって、どういう」
「こういうことだよ」
次の瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。
噛まれたのだ、とすぐに理解した。
意識が朦朧としてきた頃、ようやく解放された。
わたしはその場に崩れ落ちる。
「ふぅ、ごちそうさまでした♪」
満足そうな声でそう言うと、花恋ちゃんは舌なめずりをした。
その姿はまるで、獲物を前にした肉食獣のようだった。
「これで、あたしたちは主従関係だね」
勝ち誇った顔でわたしを見下ろしてくる。
「どう? あたしに血を吸われる気分は?」
わたしは何も答えられないまま、ただ呆然としていることしかできなかった。
「あははっ、そっかー、そんなに気持ちよかったんだね! それなら、もっと吸ってあげる!」
花恋ちゃんは再び噛み付いてきた。
今度はさっきよりも深く牙を突き立てられる。
血が吸い出される感覚とともに、凄まじい快感に襲われる。
頭が真っ白になって何も考えられなくなる。
そして、また意識を失った。
*
気がつくと、目の前には花恋ちゃんの顔があった。
どうやら膝枕されているようだ。
「気がついた?」
花恋ちゃんが言う。
「うん、大丈夫」
そう言いながら体を起こす。
まだ少しクラクラするけれど、だいぶ楽になった気がする。
「ごめんね、痛かったよね」
申し訳なさそうに謝る花恋ちゃん。
確かに痛かったし怖かったけど、今は不思議と怒りは湧いてこなかった。
それよりもむしろ、安心感のようなものを感じている自分がいた。
「大丈夫だよ、気にしないで」
わたしが答えると、花恋ちゃんはホッとしたような表情を浮かべた。
「ありがとう、優しいんだね」
「そんなことないよ」
「ごめんね。今まで、あたしが吸血鬼だったってことを黙ってて」
その言葉に嘘はないように思えた。
本当に心からそう思っているのだろう。
だからこそ、余計に辛かった。
「ねえ、どうして吸血鬼になっちゃったの?」
「わかんない。気づいたら、こうなってたの」
「…………」
「あたしね、ずっと一人ぼっちだったんだ」
どこか遠くを見つめながら呟くように言う。
「お父さんもお母さんも死んじゃったから、ずっと一人で生活しているうちに吸血鬼になっちゃったみたい。だから咲良ちゃんにならわかってもらえると思って勝手に期待して血を吸っちゃったんだ。自己中だよね」
淡々と語る彼女の姿に胸が苦しくなる。
きっと今までたくさん辛い思いをしてきたんだろう。
そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
気づけば、彼女を抱きしめていた。
「えっ? あ、あの、どうしたの?」
戸惑う彼女を無視してぎゅっと抱きしめる。
すると、彼女もそっと抱き返してくれた。
しばらくの間そうしていると、不意に彼女が言った。
「ねぇ、キスしてもいい?」
上目遣いで見つめてくる彼女にドキッとする。
断る理由はなかった。
小さく頷くと、彼女はゆっくりと唇を重ねてきた。
最初は軽く触れるだけのキスだったが、次第に激しくなっていく。
舌を絡め合う濃厚なディープキスだ。
お互いの唾液を交換しあうように求め合い続けるうちに、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
もう我慢できないというところで、ようやく唇が離れる。
二人の唇の間に銀色の糸がかかるのが見えた。
それが妙に艶めかしくてドキドキしてしまう。
そのまま抱き合ってキスをする。
それだけでもすごく気持ちいいけれど、それだけじゃ物足りない。
もっともっと気持ち良くなりたい。
「咲良ちゃん、あたしの家に行こっか」
耳元で囁かれる甘い声に背筋がゾクッとする。
「う、うん」
わたしは頷いて、差し出された手を取るのだった。
*
それからのことはよく覚えていない。
気がつけば、ベッドの上で裸になっていた。
花恋ちゃんも同じく一糸まとわぬ姿になっている。
お互い生まれたままの姿を晒しながら見つめ合っているという状況に、なんだか不思議な気分になる。
そんなことを考えている間に、花恋ちゃんが覆い被さってきた。
「好きだよ、大好き」
そう言って、何度も口づけをしてくる。
その度に甘い吐息がかかってくすぐったい。
でもそれ以上に幸せな気分だった。
好きな人と一つになれる喜びを感じながら、ただひたすらに愛し合った。
やがて限界を迎えたわたしたちは同時に果ててしまったのだった。
*
「咲良ちゃん、あたしたち、恋人になろっか」
事後の余韻に浸っていると、花恋ちゃんが突然そんなことを言い出した。
びっくりして固まっていると、彼女は照れくさそうに笑う。
「いきなりこんなこと言われても困るよね。ごめん、忘れていいから」
「ううん、違うの! ちょっとびっくりしただけだから!」
慌てて否定すると、ほっとしたような表情を浮かべる。
それを見ているうちに、わたしも覚悟を決めた。
「……わかった、なろう」
わたしの返事を聞いた瞬間、花恋ちゃんはパッと顔を輝かせた。
「ほんとにいいの!?」
「うん、いいよ」
「やったー!」
飛び跳ねて喜ぶ姿を見てるとこっちまで嬉しくなってくる。
そんな彼女を見ていると、自然と顔が綻んでしまうのだった。
*
こうして、わたしと花恋ちゃんは恋人同士になった。
一緒に登下校したり、休日にはデートに行ったり、毎日が楽しくて仕方がない。
これからもずっと一緒にいられると思うと嬉しくてたまらなかった。
彼女と過ごす幸せな毎日が、この先も続いていくといいな、なんて、わたしは思うのであった。