人生30(短編小説)
*
俺の人生は三十秒で終わる。
それは決定されている事柄である。
なぜ俺がそれを知ることができるようになったのかというと、俺が生まれながらにして(まだ生まれていないが)エスパー能力を持っているからである。
俺は今、母さんのおなかの中でそれを感じ取っているのだ。
ある日、お医者さんに告げられた死の宣告。
産まれた瞬間から約三十秒で死んでしまうということを俺はエスパー能力で知ってしまったのだ。
テロメアが極端に短いのが理由らしいが、おそらく俺のエスパー能力が原因であると思われる。
テロメアとは、染色体の末端部分にみられる塩基配列の反復構造のことを言い、細胞分裂のたびに少しずつ短くなることから、推測するに……いや、推測しなくても分かる。
俺の脳は極端にデカいのだ。
ゆえに産まれた瞬間の寿命が三十秒しかない。
生まれる前から細胞分裂を繰り返し過ぎたために起きた悲劇とも言えるだろうか。
旧約聖書に登場するイヴが禁断の果実に手を出したことにより無垢が失われるのと同じ意味ではあると思う。
俺はエスパー能力を手に入れたことにより、生まれる前から無垢が失われているのだ。
それが俺の宿命と言えるのだろうか。
お医者さんの死の宣告を聞いた時、俺の母さんは悲しんでいた。
それもそうかもしれない。
俺は母さんにとっての初めての子供なんだから。
父さんにとってもそうだ。
父さんもお医者さんの死の宣告を聞いた時、悲しんでいた。
二人とも、とてもとても悲しんだ。
俺は何だか切なくなった。
どうして俺はこんな能力を持ってしまったのだろうと思った。
でも、それが俺。
自分自身を否定しても仕方のない事実なのだから。
俺は産まれた瞬間の三十秒を――生きようと思った。
まだ、父さんと母さんの顔を見ていない。
エスパー能力で見ようと思えば見れそうだが、テロメアを極端に消費して産まれる前に死んでしまうかもしれない。
俺は産まれた瞬間にすべてを見る。
――そうだ。
俺は生きるんだ。
生まれる前からすべてが決まるのはおかしい。
だから俺はそれにすべてを賭ける。
生きた証を刻むんだ。
*
「――産まれましたよ」
看護師さんが母さんに俺の姿を見せた。
母さんは何だかキャピキャピ系のママという感じだった。
「まあ、なんて大きな身体をしているのかしら」
母さんがそう言うと、父さんも。
「ああ、なんて立派で、たくましい身体なんだ」
と、感心したようにリーゼント……いや、ポンパドゥールのような形をした髪の毛をクイックイッとしながら言う。
俺は何だか照れくさくなった。
だが、段々と意識が遠のいていく……。
「そうだ、名前を決めよう」
「ええ、決めましょう」
「名前は……極身《きわみ》なんてどうだろうか? この子を見た瞬間にインスピレーションがピピーンと来たんだ!」
「なるほどね。身体を極めるで極身《きわみ》……なかなかいい名前だわ。極身《きわみ》、私たちの子供として生まれてきてくれて嬉しいわ。来世でまた私たちの元へ生まれてきてね」
俺はこう言われた時にこう思った。
たとえどんな変な名前を付けられたとしてもそこに愛情がある限り仕方がない部分も存在するということを。
だから俺は言った。
生まれる前にエスパー能力で知った感謝するときに使うあの言葉を――。
「――ありがとう」
と――。
それを言った瞬間に俺である極身《きわみ》の人生は幕を閉じた。