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己の両足で立ち、つとめて冷静でタフであれ。映画『文豪ストレイドッグスBEAST』~感想日記~
あらすじ(ネタバレ)
芥川とその妹・銀の暮らしていた倉庫で、ある孤児が大金の入ったアタッシュケースを見つける。その次の瞬間、大金を狙った者たちの襲撃により孤児たちは殺されてしまい、芥川はその激しい憎悪と怒りに身を任せ重症の銀を置きざりにし彼らに報復をする。敵を皆殺しにした芥川のもとへ表れた黒衣の男は芥川に「なぜ妹を置いてきたのだ」と問う。正体不明の相手に攻撃を仕掛ける芥川であったが異能力が無効化されてしまい、「自分の弱さの本質に気付けるまで妹は預かっておく」と言い残し男は去ってしまった。
その後、川辺で飢え死にしそうになっていたところを織田作之助に拾われた芥川は「仕事を紹介する」と言われ武装探偵社を訪れるも、そこには人質を伴った爆弾魔が存在していた。国木田独歩に「力を貸してくれ」と言われ、躊躇することなく爆弾魔のもとへ近づき殺そうとする芥川。そこで国木田が中止の合図をし、これが探偵社入社試験のための茶番であることを明かす。驚きつつも妹の居場所を探るため探偵社に在籍することを選んだ芥川は、探偵社員の宮沢賢治と共に仕事を行ったり、織田作に言われ犯罪孤児の面倒を見たりする中で自分の戦う意味、生きる意味を模索する。
そんな芥川のもとへ、ポートマフィアの中島敦が表れる。敦はポートマフィアのボス、太宰治のある計画のため、彼の指示により探偵社に手紙をもってやってきたのだった。その封筒の中に銀の写真を見つけるや否や、芥川が敦につかみかかる。「銀の居場所を知ろうとする者を生かしておいてはいけない」というポートマフィアの掟により敦も応戦する。
敦との一戦で瀕死の重体を負った芥川だが、与謝野晶子の異能力により完治する。織田作が手に入れた映像により、以前「妹を預かる」と言い残した黒衣の男が太宰であることを確信した芥川。敦が持ってきた手紙には「本日銀を処刑する」と書かれており、探偵社員たちの静止の声を聞くことなく芥川は単身、ポートマフィアへ乗り込む。
ポートマフィアたちを次々と倒し、鏡花を人質にとった芥川は敦に太宰のいる場所まで案内をさせるが、敦は「太宰さんはお前を試した」と芥川に告げる。そこに銀も表れ「兄さんは大切な人をもってはいけない。兄さんは悪の側の人間だから」と告げられてしまう。銀に言われたことの意味が分からない芥川であったが、敦との死闘の末、なぜ妹が死ななければならないのかとの問いに対し敦から「銀がその答えを言っただろう」と言われ「そういうことだったのか」と、復讐に己を見失い大切なものまで失ってしまうという自身の弱さの本質に気付く。芥川が死を覚悟したその時、探偵社員たちがかけつけ処刑寸前であった銀は救助された。仲間たちの声に再び力を取り戻す芥川に押されて今度は敦が死を覚悟するも、敦の過去を知った芥川は、孤児院の院長への罪悪感に震える敦に対し「死にたがりを助けることは探偵社の仕事ではない」と言う。
「見事だ」とそこへ太宰が表れ、「計画は第五段階に入った」と告げる。そこで太宰は芥川と敦に対し、「この世には書いたことが現実になる白紙の本が存在している。この世界はその本に数多存在する改変世界の一つである」と告げる。困惑する二人に対し太宰は「その本を守る役目を君たち二人に託す」と言った後、「このことは誰にも言わない方がいい。このことを三人以上が知ってしまうと、世界は不安定化し崩壊してしまう」と話す。太宰の意を察した敦に「どうしてそこまでこの世界を守ることにこだわるのか」と問われ、「この世界だけが唯一、織田作が生きていて小説を書いているからだ」と答えると、織田作の小説を読むことができなかったことが心残りだと言い残し太宰はヨコハマの夜景を背に高層ビルの最上階から身を投げたのだった。
感想
文ストの「もしも」を描いたオリジナルの物語。パラレル世界、並行現実のお話とも言える世界観の中で、それでも各キャラクターの軸となる部分は原作も本作も変わらなかったりしていて、「そこがこの人物の本質なんだなあ」なんて考えさせられて面白かったです。
敦はやっぱり院長の言葉が軸になっていて、鏡花の存在により自分を鼓舞している。
芥川の不器用でまっすぐで、ひたすら「強さ」を求める姿。
太宰の織田作への思いの強さには少し驚きですが、これは現実世界と改変世界の両方の世界を知っているからこそのあの選択と覚悟だったのかな、とも思います。親友を失った痛みを生々しく覚えているまま、その親友が生き残る唯一の世界を知ってしまったのなら、命を懸けてしまいたくなるのもうなずけるというか。現実世界(原作)は現実世界で織田作を失った過去があってこその太宰だと思うから、他の人たちとの関係や意味もまた全然変わってくるよね(特に中也さん)。
私が作中で一番心に残った台詞は、織田作が芥川へ先輩として忠告したこの言葉。
「人間の中心にあるのは感情だ。だが、世界の中心には何もない。
だから、感情を追うな 芥川。 己の獣を追うな。
己の両足で立ち、つとめて冷静でタフであれ」
さすが、織田作。この世の真理を突いている。
感情を追うということは、感情をコントロールすることを放棄し本能のまま突き進むということであり、なるほど獣とは分かりやすい例えだ。
感情を追った先には何もない。本作中で芥川がそれを悟ったのは、この世で最も大切な存在を失いかけたその瞬間だった。
己を見失い本能のまま暴れた結果、はっと我に返ってから自身の犯した過ちを知り、後悔する。これは本作中で敦が孤児院で院長を手にかけたシーンともつながり、また『山月記/中島敦』の有名なシーンも思い起こさせる。
私も日常生活を送っていて、たとえば激しい怒りを感じたり、または激しい恐怖心にかられたりと、敦や芥川ほどではないにしても感情の波に揺られ押されて流されそうになる。しかし、感情を追った先には何もないのだ。
感情があふれ出て、それに押し流されそうになったなら、まずは自分がその状態になっていることに気付く。そして、
「己の両足で立ち、つとめて冷静でタフであれ」
これには鍛錬が必要だろうけれども、ここが人間力の試され時なんだと思う。感情という獣を追ってしまうか、獣を飼い馴らし"正しい”選択ができるかどうか。人生の分かれ道、小さな分岐点の積み重ね、物語の見せどころ。
太宰が二人を試していたのもこの部分だったのでしょう。太宰は芥川に「自分の弱さの本質に気付け」と言ったけれど、つまり太宰が芥川に見た「弱さ」の克服とは己の感情を飼い馴らし"正しい"選択ができるかどうか、だったんですね。
原作軸では、子どもたちを目の前で殺されてしまったことで感情に押し流され、結果として破滅へ歩んでしまった織田作。そんな彼が、本作ではこんな忠告を後輩に送っている、こんな世界線があったっていい。っていうか、本来はそういうこと言える織田作ってことなのよ(涙)。そんな織田作が臨界点突破しちゃうほどのあの出来事だったのよ(大涙)。
あと、賢治くんと芥川のこの会話にもじーんと来ちゃいました。
「夜が来て、朝が来ます。春が来て、秋が来ます。それが自然です。
嵐や干ばつや土砂崩れの時は、このままずっと悪いことが続くんだって気になりますけど、ほんとは全部、半分ずつなんです。僕の村ではみんなそう考えます」
「善きことと悪しきことが半分ずつだと…?馬鹿な。
貧民街で死んだやつがれの仲間たちに、同じ言葉をかける気になるか」
「だからあなたが残り半分なんです、芥川さん。
見てください。あなたがいなかったら子どもたちは助かりませんでした。
貧民街のみんながきっといい方の半分を譲ってくれたんですよ」
さすが賢治大先生。この世の真理を突いている。
人生振り返ってみると、苦しかったこともたくさんあるけれど、良かったこともたくさんある。失ったものも多いけれど、手にしたものもたくさんある。賢治くん、たしかに。全部、半分ずつだね(大号泣)。
賢治くんの教えを心に留めておければ、どんな辛い時でも「残り半分のいいこと」に目を向けて、次の一歩を踏み出せる気がします。
アニメ1期OP映像のあの印象的なワンシーンを映画のラストに持ってくるなんて、こんなに美しい結末ある?と鳥肌立ちました。そうか、あのシーンはこの改変世界の太宰だったんだね、忘れないよ……。
……って感傷に浸ってたらエンドロールの後がえらいことになっていました。
中也ーーーーーーーーーー!!!!!(大泣)
太宰、ほんとそういうとこ。ほんと、そういうとこ。
そんでもって、「知っているのは私だけでいい」でニヤリ、なフョードル。いやいやいや、盗み聞きしてちゃっかり「三人」の枠内に入るのやめてもろて!!!!!!
物語はまだまだ続きそうな香りをぷんぷん匂わせたまま終わった映画「文豪ストレイドッグスBEAST」なわけですが、残念ながら舞台文スト(文ステ)は「終劇」、幕を閉じてるみたいです。
太宰が命を懸けて守ったこの改変世界がどうなるのか。敦、芥川に加えてフョードルも「本」の存在を知っている以上、この三人のうち一人以上が死ぬか、もしくは三人が生き残ったままこの改変世界自体が消滅してしまうかだと思うのですが、どちらにせよえらいこっちゃ。
現実世界においてフョードルは太宰により殺されている(?I'mアニメ勢です)し、芥川は敦を庇って一度死んでいますが、この改変世界では何もかもが違っているのでどうなるのか。こちらの世界では反対に敦が芥川を庇って命を落とす可能性もあるかも。
語られることのないその先の世界をあれこれ考察するのは楽しいようでなんだかすごく切ないです。織田作のいない世界も悲しいけれど、太宰さんのいない世界も寂しいよ。誰が中也のお世話するんだよ。
ところで私は文ステをまだ拝見していないのですが、文ストのキャラクターを演じる役者さんたち皆様本当に素晴らしいですね!
いや、私は演劇やお芝居のことなどなんにも分からないただの一般人なのですが。 役者さんて、すごいですね(ため息)。
特に、院長!!! 再現度が高すぎる。他のキャラクターもそうだけど、院長の再現度が高いの、すごいですよね。威圧感絶望感と圧倒的父性がそこに両立して滲み出てて、敦と一緒に震えちゃいました。
あとアニメ勢なんでキョトンだったのですが、アニメ内でちらほら話に出ていたあの「龍頭抗争」のワンシーンがなんと実写化されてて「なんじゃこの只者ではない人物は?!」となりましたし、そのとんでもない敵を前に太宰と中也が激アツ会話を交わして中也が「ウォ――――!!!」なってアラハバキ顕現!!!!!なえげつない映像見終わった後なのにも関わらず探偵社の皆さまが全然その部分に触れてなかったことに、地味にじわじわ来ました。いや、触れたげて……?あ、そうか皆、太宰とも中也とも面識ないのか……sabisii……。
というわけで、「文ステ」と「ストブリ」を新たに履修するのがこれからの楽しみになりましたとさ。