漱石作品を読むにあたって
評論は、あまり読まないようにしていたのですが、漱石作品を読むにあたって、分からなことがあったときに「これってどういう意味なの?」と聞きたいわけです。そんなとき、返事をしてくれる本が欲しいのです。
(今のところ、どの本もまだ返事をしてくれません。わたしの読み込みと修行が足りないようです。本が返事してくれるようになったら、それがわたしの到達点と言えるでしょう。)
探してみましたら、吉本隆明『夏目漱石を読む』を見つけました。前述したような存在になってくれることを願って購入しました。
(以下、敬称略で失礼します)
あとがきを読んでみると、
「江藤淳さんの優れた漱石論がある」と書いてあります。
吉本隆明がそう言うならば、読まないわけにいかないじゃん!!と思い、さっそく図書館を検索。蔵書にありました。
ひとまず3冊、いそいそと借りてきまして、パラパラとページをめくる。
すると、「⁉️ ⁉️ 」となりました。この衝撃をどう表現したらいいのか…。論理的なことは何一つ言えませんが、何か言わずにはいられない。そこで、いま感じたことやイメージについてお話してみたいと思いました。
漱石先生に関する評論はいくつか読んでいました。どの評論も、漱石先生への愛と作品への思い入れにあふれています。
しかし、江藤淳の評論を読んだとき、今までに読んだものとは違うものを感じました。
江藤淳の評論は、明らかに異次元の領域へと手を伸ばしている。すさまじい熱量で、何もかもが圧倒的。漱石先生の伝記と、作品への評論が組合わさっているのですが、膨大な資料を細かいところまで調べていて、奥行きが深い。仮説をたてて展開する論理に非常に説得力があります。そして漱石先生の作品と人生に対する真摯な姿勢と情熱を感じました。
今回、パラパラと読んだだけなのですが、わたしの印象に残っていることを少し、ご紹介したいと思います。
まず、漱石先生の生い立ちや、大人になってからの心身の状態について。これはいろんな評伝でちらっと触れているので、多少は知っていましたが、まさかこれほどだったとは…。衝撃を受けました。これは漱石先生自身もご家族も、たいへんな思いをしただろうなと思いました。言葉が出てきませんでした。漱石先生が、そういう人生を抱えながら作品を書いたということの意味を、ずっしりと感じました。
また、漱石先生の描く「三角関係」の、おそらく原型となった(かもしれない)人物のことにも言及がありました。『夢十夜』の「第一夜」で、百合の花の出てくるシーンがあり、非常にドキッとしたのですが、この評論を読んだら、そのイメージが実像を結びそうなところまではっきりしてきまして、非常にドキッとしました。
そして、『こころ』に関して。
出版時、自装本となったこの本の装幀の、表紙に貼り付けられた「心」という文字とその字解について。
『❮心 荀子解蔽篇
心者形之君也而神明之主也
(心なる者は形の君にして、神明の主なり)❯
漱石先生は漢籍にもたいへん造詣が深く、『こころ』の装幀に荀子の言葉を引用したのですね。「荀子」は「性悪説」に立脚した儒家です。
「これはデザインとして、視覚的な効果を狙ったとも考えられるが、漱石自身のメッセージが込められている」と江藤淳は考えています。
その後に続く論理展開を読み、わたしは震えました。あまりのすごさにぞくぞくしました。
わたしの筆力では、そのすごさを伝えることができないので、要約を書くのは断念しました。ここは、機会がありましたらぜひ読んでいただきたいと思う部分です。『漱石とその時代』第5部の「9 自費出版」の章です。
これは本を買って読まなければならないぞと思い、探して注文しました。『漱石論集』は古本屋さんで探しました。最近は古本もネットで買えて便利ですが、いかんせん、実物を見ないで買うので、多少のギャンブル性があります。そのため、普段はなかなか購入には踏み切れないのですが、今回は躊躇している場合ではない!と思い、えいやっと注文しました。届くまでドキドキです。
そしてそもそも、なぜ、江藤淳の評論に、ここまで心動かされたのか。
それは、この評論の中に、まぎれもなく「生きている漱石先生」がいたからです。その一言に尽きます。きれいごとや後世の美化なんかじゃない、一人の人間としての漱石先生がそこにいました。そしてその姿を文章の中に出現させるために、江藤淳が注いだ熱量を思って、心の芯が震えました。この評論全体に流れる圧倒的熱量は、まさしく「血潮」という言葉がふさわしいと思います。
これだけの熱量を持つ優れた評論ですから、漱石作品を読む上で理解を助け、進むべき道を示してくれます。しかしそれと同時に、読む人の自我を揺るがすような力をも内包しているように感じました。少し読んだだけなのに、魂を揺さぶられている。自分の持っている危うい領域まで揺さぶられてしまうような、そういう怖さも感じました。
すごいものに出会ってしまったと思いました。しかし、動揺している場合ではない。何がなんでも、いますぐにでも、読まねばならない。
なぜなら、ずっと探していたのはこれなんだ!わたしが読みたかったのはこの熱量なんだ!と心が叫ぶからです。
江藤淳は平成11年7月21日に亡くなりました。『漱石とその時代』第五部は未完です。
第五部の裏表紙には、大庭みな子(作家)による文章があり、江藤淳への哀悼の意が込められていました。胸がしめつけられ、涙がこぼれました。
思いのままに書いたので、読みにくい点、分かりにくい点があったと思いますが、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
『夏目漱石を読む』
吉本隆明 ちくま文庫
2007年9月10日第一刷発行
『漱石論集』
江藤淳 新潮社
平成4年4月17日
『漱石とその時代』第一部
江藤淳 新潮選書
平成元年7月30日26刷
『漱石とその時代』第五部
江藤淳 新潮選書
平成11年12月20日発行
⭐️この感想文は2023年2月23日に書いたものです
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