私のギャップ

大きく分け3つあります

1つめ「看護師ギャップ」
看護師25年やってきた、というと
すごい!と言われることが多くて
もともと人助けが好きだった、
困っている人がいたら放って置けない性格なんだろう、
なんて思われるかもしれないけど

私が看護師になった理由はただ1つ
「国家資格で確実に社会的に需要がある。
喰いっぱぐれな人生はない。給与も悪くない。」
つまりお金稼ぎのためだけになりました

だから
勉強は嫌いだし、
患者さんに優しく寄り添う、というのも好きじゃなく
どんどん業務をこなすことだけに集中していた看護師でした

でも
子供が産まれて今までのようにガツガツこなす業務ができなくなり
転職をしたところから一気に看護師としての意識が変わりました

こなす看護師、から寄り添う看護師になった
そうなれたのは、ヘルパーさんたちのおかげでした

看護の原点、介護の原点を見せてくれた
ここから私は仕事への考え方、人生の考え方が変わります

看護師10年目の気づきです

それから
訪問看護とも出会い
「その人らしい最期を迎えるための力添えがしたい」と
自分の中で看護をする意味まで固まりました

真面目に看護師をするようになったのはここ10年くらい
それまではただの「業務」でしたから

なので
看護師としての25年にもこんなに差があったことは1つのギャップかな?

2つめ「子ども」
私は、こどもという存在が嫌いでした
もともと好きなじゃなくて
小児科実習で大嫌いになり
絶対産みたくない、育てたくない、携わりたくないって思っていたんです
でもそれが今は3人年子の母です

自分の子どもを出産して
「育てる義務」が強く、心の底から「愛おしくてたまらない」っていう気持ちが
どうも薄かった・・・
でも子どもが泣けばおっぱいが張る、母乳が出る、という
体の反応をみて「私も母性があるのね」と自覚する程度
2人目、3人目と出産し
いつの日からか「かわいい」「大切」って思えるようになったんですが
本当に可愛いって思えるようになったのは子供達が歩いたり喋ったり自分でご飯食べるようになってからかもしれません

今は自分の子どもたちは宇宙1好きです
命に変えても守りたい存在
大好きです

この話をすると大抵驚かれる
「嫌いだったの?」ってね

私もこんなに子供にのめり込む自分になるなんて
想像してませんでした

なんで子どもが嫌いだったのかな・・・(深掘り開始)
・自分本位でやるところ
・周りの迷惑とか考えないところ
・かまってほしい、と泣いたり、叫んだりするところ
あとは
・「何のこと?」みたいに気持ちの切り替えが早いところ
それが嫌だったのかも

それは全部
自分が子供の時にやりたかったことだった気がする
私は小さい時から親の機嫌をいつも見ていた
大きな声で笑えば母に「うるさい」と言われたり、舌打ちされていた
わがままなんていえなかった
「お前、何いってるかわかってんのか」とよく母に「お前」と言われていた

子供はみんな無条件に可愛がられている
それが羨ましくてライバル視しているのかもしれない
(書きながら気付く・・・)

でも今は子どもが好き
だけど小さい頃欲しかった感情を
今、この年で、あえて出してもいいのかもしれない

自分本位で
迷惑とか考えずに(基礎は備わってるし)
かまってほしい時はかまってほしいと言うこと
嫌なことも忘れてしまえ!という自分を
やってみる、出してみる

これいい気づきだったw

3つ目「お酒大好き、やめられない」
腸活を教えているとき
「お酒は腸に炎症が起きるのでおすすめしない」というのが基本的な考え方
・・・だけど!
私はそれはあまり言わない
理由は「死ぬまで辞めたくないから」
一番自分勝手なことを言っているかもしれない笑
甘いものはやめられても
お酒はやめられないなぁ・・・なんでだろう?

あのリラックスする感じが
自分が溶けていくような感覚がたまらないからかな?
よくお酒は覚醒剤並の依存性っていうけど
それはわかる気がする

人は弱い
私もお酒には弱いです

これを言ってもあまり驚かれないけど
腸活の先生がお酒OKっていうのは驚かれます

あとはギャップってなんだろうなぁ・・
昔は家の中ではヤクザ的だったとか
思い通りにならないと機嫌が悪くなるとか
そう言うこと?

あとは酔うと人肌恋しくなるとか??

こういうの
どんどん出していっていいんだ
その方が共感を呼ぶよね

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