ボカロ曲とかを紹介したい #1~10
カクヨムで更新中の「ボカロ曲を紹介したい」シリーズの#1~10の転載です。noteで更新していくにあたって、これまで書いた分をnote上でも読めるように、またマガジンとしてまとめられるようにしたく、改めてアップしていきます。noteに転載するにあたって、一部改稿を行っています。
本来10個の記事を1つにまとめている関係で非常に長い記事となっていますので、目次を有効活用して気になる曲の分だけ読みに行くのでも全然大丈夫です!
#1『Tell Your World』
作詞:kz(livetune)
作曲:kz(livetune)
編曲:kz(livetune)
歌唱:初音ミク
記念すべき(?)第一回で紹介したいのはこの曲、『Tell Your World』だ。ボカロファンであれば聴いたことのある人も多いのではないだろうか。多くのファンが名曲と呼び、高い評価を得ている。私もこの曲はボカロ史における最高傑作の一つであると捉えている。
本作品はGoogle Chromeのコマーシャル「Google Chromeで、あなたのウェブを、はじめよう。」への書き下ろし楽曲として制作されている。世界各国の代表クリエイターが選ばれ、CMに出演する形となったキャンペーンだが、レディー・ガガ、ジャスティン・ビーバーなどの超大物アーティストと並んで、日本からは初音ミクが選ばれた。
一分間のCM動画では、初音ミクを取り巻くクリエイターが、様々な形で初音ミクを作り上げ、それがインターネットを通して繋がっていく様子が描き出され、そして最後には「Everyone, Creator」という一文が現れる。たった一分の短い動画ではあるが、初音ミクが繋いできた世界を表している。誰もがクリエイターになることができ、全ての人々が関わることで「初音ミク」という存在が成立するということが、この一分間には込められていた。
動画はもちろんのこと、曲にも同様の想いが込められている。音楽ナタリーのインタビューに対してkzは、初音ミクがインターネット、音楽業界に起こした現象や変化とは何だったのかという問いに答えたのが、この『Tell Your World』であると答えている。
kzは『Packaged』『Last Night, Good Night』『ストロボナイツ』『Hand in Hand』などで知られるボカロPである。また、多くのアーティストへ楽曲提供を行っており、ClariS、やなぎなぎ、キズナアイなど多岐にわたっている。そして、東京パラリンピック閉会式の作曲に参加するなど、現在も音楽活動を積極的に行っている。
そんな彼がこの『Tell Your World』に込めた想いを、歌詞の部分から少し見ていきたい。
サビの歌詞はこんなフレーズが綴られる。インターネットと初音ミクを通して、言葉と音が繋がっていく。創作を通して世界が変わっていく様子が、そこには記されていた。
Cメロにはこのようなフレーズがある。初音ミクの歌声が世界を変え、さらにそれが新たな創作を生み出す。この創作の連鎖と、その美しさがこの一曲には詰まっているような気がした。
『Tell Your world』が発表されて10年以上の時が経ったが、この曲は今も色あせることのない、創作文化の讃美歌として、語り継がれていくのではないだろうか。
#2『Steppër』
作詞:halyosy
作曲:halyosy
編曲:halyosy
歌唱:初音ミク・鏡音リン・鏡音レン・巡音ルカ・KAITO・MEIKO
第2回で紹介したいのはこちら『Steppër』だ。まずは製作者であるhalyosyについて触れておきたい。halyosyはネットを中心に活動しているシンガーソングライターであり、VOCALOIDを用いた楽曲の制作でも知られる。ボカロ楽曲としては『桜ノ雨』『Fire◎Flower』『Blessing』『あったかいと』などが有名である。また、あるふぁきゅん、天月、浦島坂田船などの歌い手やユニットへの楽曲提供も行っている。楽曲の提供は歌い手にとどまらず、「けものフレンズ」や「刀剣男士」などのコンテンツにも楽曲を書き下ろしている。
自ら楽曲を歌う歌い手の一面も持っており、自身のニコニコ初投稿作である『メルト』のカバーは500万回再生を超えており、『メルト』の原曲動画とその関連作品がニコニコのランキングを埋め尽くした「メルトショック」の引き金として語られることもある。
このように多岐にわたる活動を行ってきたhalyosyであるが、初音ミク10周年記念コンピレーションアルバムである「Re:Start」に参加し、楽曲を書き下ろした。それがこの『Steppër』である。この楽曲に対してhalyosyは「これまでの歩みに感謝を込めて。」という投稿コメントを残している。10年間を共に歩んできた彼からの気持ちがこの曲には込められている。
そんな『Steppër』であるが、明るく前向きな印象を持つ楽曲であり、まるでボカロたちが背中を押してくれるような気持ちにさせてくれる。歌詞にも前向きなフレーズが散りばめられている。
これはサビのフレーズである。自分の人生を自分なりに進んでいけば良い、そんなメッセージを感じ取れる。Cメロ~サビの歌詞にも注目したい。
こちらでも前向きなメッセージが込められているが、特徴的なのは「あの日々を忘れていく だけどそれでいいんだよ」というフレーズである。「忘れる」という行為はマイナスでネガティブなものであると捉えられることが多い。しかし、この『Steppër』では「忘れる」ことを否定しない。その代わり、また出会うことがあれば "Hello!" と言おう。最後の最後まで前向きに、そしてこれまでとこれからの出会いを祝福するかのようにボカロたちが歌う。初音ミク10周年という節目における、最高の讃美歌ではないだろうか。
#3『レゾンデートルの花』
作詞:40mP
作曲:40mP
編曲:40mP
歌唱:GUMI English
第3回で紹介したいのはこちら、『レゾンデートルの花』である。『からくりピエロ』『トリノコシティ』『シリョクケンサ』などでお馴染みの40mPの楽曲である。40mPは、軽快なバンドサウンドや爽やかなピアノのメロディーが人気のボカロPであり、その一方「イナメトオル」名義でシンガーソングライターとしても活動を行っている。
そんな彼が2017年に投稿した『レゾンデートルの花』だが、これまでの40mPに見られた作風とは少し異なる。爽やかなピアノサウンドというよりは、ロック寄りの力強いギターサウンドがアップテンポな楽曲によく響く。何よりも特徴的なのは、そのボーカルである。
今回この楽曲のボーカルを担当しているのはGUMI Englishである。GUMI Englishは、その名前の通り英語の歌唱用に特化したGUMI、正式名称Megpoid(めぐっぽいど)のことである。Crusher-Pの『ECHO』などの楽曲で使われており、知っている方も多くいるのではないだろうか。
英語歌唱用に生み出されたGUMI Englishであるが、この『レゾンデートルの花』は日本語の歌詞を主とする楽曲である。つまり、GUMI Englishに日本語を歌わせた楽曲ということになる。だが、ボーカルの違和感はまるでない。むしろ、GUMIの持つ人間らしさを引き出している。途中に存在する英語歌詞も、GUMI Englishの持ち味を最大限に活かすことで、より自然な歌を作り上げているように感じる。曲調とボーカルが調和することで、楽曲にクールな印象を与えているのだろう。
歌詞やタイトルにも注目していきたい。タイトルにある「レゾンデートル」とは、フランス語で「存在理由・存在意義」といった意味を持つ言葉である。また、投稿コメントには「そこに咲く意味を求め。」と書かれている。クールなサウンドには、自分の存在を問う苦悩が映し出されている。
これはサビのフレーズの一部分である。道端に咲く花も生き抜くために闘っている。自らの「レゾンデートル」を求めて。生きるものすべてが、自分の存在理由を求めてもがき続けている、そんな現実をこの楽曲は突き付けてくる。
夢は追えば追うほど苦しくなるものである。製作者である40mPは普通のサラリーマンとしての生活を持ちつつも、音楽活動を続けてきたという経験を持っている。そんな40mPだからこそ、夢と現実の狭間の苦しさを歌詞に込めることができているのではないだろうか。その夢と現実の狭間に存在する日常の中で、自分自身を探しながら闘い続ける人たちにこの『レゾンデートルの花』が咲いてほしい。そんなことを、この曲を聴きながら感じていた。
#4『Road to Smile』
作詞:おれんじ
作曲:おれんじ
編曲:おれんじ
歌唱:初音ミク
今回紹介したい楽曲はこちら『Road to Smile』だ。製作者のおれんじは、クールなギターサウンドを中心としたVOCAROCK系統の楽曲を主に制作しているボカロPだ。『枷 -Kase-』や『妄想オートフィリア』など、ダークな雰囲気とエレキギターのクールなサウンドに定評がある。
そして、おれんじの代表曲と言っても過言ではないのが『Road to Smile』であろう。この楽曲は「2012年初音ミクGTプロジェクト」のテーマソングに選出されている。ここで「初音ミクGTプロジェクト」について触れておきたい。
「初音ミクGTプロジェクト」とは、「ファンと共に走るレーシングチーム」をコンセプトに掲げたモータースポーツプロジェクトであり、このプロジェクトの中心として活躍しているチーム、「グッドスマイルレーシング」は、初音ミクのラッピングを施したレーシングマシン(いわゆる“痛車”)で日本最高峰の自動車レース、SUPER GTに参戦をしている。2008年から現在に至るまで参戦を続けており、3度のチャンピオン獲得などの実績を残している。また、チームの特徴として初音ミクレーシングver、通称「レーシングミク」のマシンで戦うということ、ファンがスポンサーとしてチームの支援を行う「個人スポンサー制度」の導入などが挙げられる。私も少額ながら、個人スポンサーとして支援を行っている。詳しくはチーム公式サイトを覗いてほしい。また、私も個人的に解説記事を書かせていただいたので、そちらも合わせて読んでくれると嬉しい(宣伝)。
さて、このGTプロジェクトだが、年度によってテーマソングが制作されており、ときには公募によって決めるコンテストを行うこともある。2012年度はコンテストが行われた年であり、その最優秀賞に選ばれたのが『Road to Smile』であった。2019年を最後にコンテストは行われていないが、テーマソング自体は制作されており、現在はDIVELAの『Burning‼』がテーマとなっている。
楽曲の話に移りたい。クールでダークな曲調に定評のあるおれんじだが、この『Road to Smile』はかなり明るい曲調となっている。明るい中でもギターサウンドは健在で、VOCAROCKの王道ともいえるカッコよさが光る。真夏のサーキットを思わせるような熱い曲調に思わず体が動いてしまう。
歌詞にもレースを彷彿させるフレーズが散りばめられている。具体的な歌詞をいくつか引用しておこう。
軽く補足しておくが、「グリーン(グリーンシグナル)」とはレース開始を表す信号のこと、「白と黒(チェッカーフラッグ)」はレースでゴールすることを表す言葉である。このようにところどころにレースを思わせる言葉が使われており、レース好きにはたまらない歌詞となっている。
最後にサビの歌詞も触れておきたい。
「笑顔乗せて」「みんな手をつないで」という部分からは「ファンと共に走るレーシングチーム」というチームのコンセプトを感じることができる。サビではないが、「一人じゃないから 一緒に行こうよ」というフレーズも歌詞に綴られている。『Road to Smile』という曲は、ファンと共に走り続けるグッドスマイルレーシングとレーシングミクにふさわしい一曲ではないだろうか。
#5『私のドッペルゲンガー』
作詞:DIVELA
作曲:DIVELA
編曲:DIVELA
歌唱:可不
今回紹介したいのはこちら、『私のドッペルゲンガー』だ。製作者のDIVELAは『METHOR』『ぼかろころしあむ』『天使のクローバー』などで知られるボカロPであり、力強いサウンドと表現力豊かな調声で人気を集めている。また「DIVELA REMIX」の名で知られるアレンジカバー楽曲も多く投稿しており、そちらでもファンを虜にしてきた。そのDIVELAが今回、可不のデモソングを担当した。
可不とは、CeVIO AIのライブラリの一つであり、正式名称は「音楽的同位体 可不(KAFU)」となっている。声の元となった人物は、バーチャルアーティストの花譜である。花譜の「音楽的同位体」として生み出されたのが、CeVIO AIの可不ということだ。そのリアルな歌声によって多くのボカロP、ファンを魅了し、ツミキの『フォニィ』や、いよわの『きゅうくらりん』などの楽曲に見られるように、発売から一年足らずでソフトウェアシンガー界を大きく動かした。
そして、この可不のデモソングとして制作された楽曲の一つが『私のドッペルゲンガー』となっている。しかし、この楽曲はデモソングという枠には留まらない。可不の持つ特徴を全て引き出している。言うなれば、可不のイメージソングだろう。初音ミクにとっての『みくみくにしてあげる♪』と同列の楽曲であると私は捉えている。『METEOR』や『ビビッドヒーロー』といったイメージソングを作り上げたDIVELAだからこそ生み出せる名曲だと感じる。
この楽曲でもDIVELAお馴染みの重厚感あるサウンドが響く。サビの手前まではまるでリングインをするかのように静かに溜め、サビで爆発するかのようにギターが鳴り響く。緩急が付けられることで、サビの力強さが際立つ。
そして強烈なのが歌詞だ。
これは最後のサビの歌詞である。実際のシンガーである花譜からのメッセージとも、音楽的同位体である可不からのメッセージとも取れる。明確に「中の人」を意識させることのできる可不だからこそ歌うことのできる歌詞ではないだろうか。そして「声を返して」と叫ぶ自分に対してもう一人の自分はこう返す。
歌うことで自らのアイデンティティを確立するシンガー、そしてCeVIOだからこそ、歌だけは手放すことはできない。そんな風に私には聞こえた。また、二番の歌詞にはこんなフレーズもある。
歌うことが自らの価値であることをここでも認めているのだ。可不と花譜、どちらの言葉かは明確になっていないが、どちらから見てもきっと同じことを歌うだろう。
「音楽的同位体」という存在である可不を「ドッペルゲンガー」と捉えたDIVELAのセンスにただただ脱帽である。ぜひ花譜にもカバーをしてもらいたい一曲である。
#6『too Cute!』
作詞:emon(Tes.)
作曲:emon(Tes.)
編曲:emon(Tes.)
歌唱:鏡音リン
今回紹介したい楽曲はこちら、『too Cute!』である。『どりーみんチュチュ』や『shake it!』『ラッキー☆オーブ』など、テクノポップ系の楽曲制作でしられるemonが手掛けている。もともとはTes.というテクノポップのユニットでも活動を行っていたが、ボカロPとしての活動にも尽力し続けていた。また、現在ではアニメやゲームの関連楽曲の制作にも参加しており、「蒼き鋼のアルペジオ」や「Tokyo 7th シスターズ」などに楽曲を提供している。
今回の『too Cute!』もこれまでの楽曲に見られる明るくキュートなポップスとなっており、安定の良さを味わうことができる。曲の至るところにピコピコした効果音が使われることによって、曲全体にキラキラした明るさが与えられているように感じる。また、「かわいいリンうた」のタグが証明するように、可愛いリンの歌声が電子的なポップスに非常にマッチしている。鏡音リンというライブラリは、パワフルな歌声が持ち味であると評価されることが度々あるが、実際はクールな曲からキュートな曲まで幅広く歌いこなせることを改めて実感した。
また、楽曲の良さもさることながら、動画とイラストも曲の良さを引き出している。動画とイラストを担当したのは、こみねという方であり、『セツナトリップ』や『Mr.Music』の動画にも参加しているイラストレーターである。『too Cute!』ではカラフルな動画に仕立てており、楽曲の持つ可愛さを最大限に引き出している。デフォルメされたリンのイラストも曲に合わせたかわいらしいものとなっている。
歌詞は女の子のもつ淡い恋心を歌ったラブソングとなっており、曲調も合わさってキュートな印象を与える。個人的に好きなフレーズとしてはサビの
という部分だ。恋をして変化していく感情をポップ、ロック、パンクと音楽ジャンルになぞらえて表現している。非常にユニークな言葉使いではないだろうか。
キュートなボカロ曲を求めている方々にこの曲が届いてほしいと思っている。
#7『元気でいてね。』
作詞:カルロス袴田(サイゼP)
作曲:カルロス袴田(サイゼP)
編曲:カルロス袴田(サイゼP)
歌唱:初音ミク・音街ウナ
今回紹介したい楽曲はこちら『元気でいてね。』である。楽曲の制作を行ったカルロス袴田は、『ちがう!!!』や『きみはだいじょうぶ』などのコミカルさとアップテンポを組み合わせたロックナンバーで知られるボカロPである。PVでは漫才チックなやりとりをミクとウナが繰り広げることでも知られており、その個性の強さから多くのファンを集めていた。また「SNOW MIKU 2022」 テーマソング『君色マリンスノウ』の制作を手掛けたのもカルロス袴田である。
そんなカルロス袴田だが、楽曲を投稿するときの特徴として、メインの楽曲と「おまけソング」の2曲を同時に投稿するという、一種のお約束を持っている。実は、今回紹介したい『元気でいてね。』はおまけソングとして投稿された楽曲である。同時投稿されたメインの楽曲は『スーパーマーケット☆フィーバー』となっている。こちらも合わせて聴いてほしい。
さて、ここからは楽曲の話をしていきたい。カルロス袴田の楽曲は激しいテンポと程よいネタ要素で構成されることが多いが、この『元気でいてね。』はその特徴が一つもない。激しいギターサウンドは軽やかなサウンドに様変わりしており、優しいピアノの音が心をくすぐる。良い意味でカルロス袴田らしくない曲調となっている。この優しい音色に合わせて綴られる歌が、非常に柔らかい。
これはサビの歌詞のフレーズだ。この曲は別れを歌っている。しかし、決して後ろ向きな別れではなく、「君」の幸せを願うポジティブな感情で歌われている。別れの中でも「卒業」に分類されるのではないだろうか。
たとえ一緒にいられなくても、心はそばにあるんだよ。そんな誰かの気持ちをこの曲は歌っている。生きている限り別れというものからは避けて通れないが、それを受け入れて後押ししてくれる優しさがこの楽曲からは感じ取れる。別れの後にやってくる、新しい生活を歩もうとする人々に「このうたがとどけばいいな」と思う。
#8『中央線トワイライト』
作詞:なきゃむりゃ
作曲:なきゃむりゃ
編曲:なきゃむりゃ
歌唱:結月ゆかり
皆さん、仕事や学校から帰るときの電車はどこの路線を使っているだろうか。もし中央線に乗っている、乗っていたという方がいれば、親近感の湧く一曲になるかもしれない。
今回紹介したいのはこちらの一曲、『中央線トワイライト』である。製作者のなきゃむりゃは『幾望の月』などの楽曲で知られるボカロPの一人である。猫村いろはV4の公式デモソング『機械仕掛けの歌姫』も手掛けており、変拍子にクールなギターを合わせた楽曲に定評がある。またギタリストとしての一面を持っており、バンドに参加したり他のボカロPの曲にギターとして参加するなど、幅広く音楽活動を行っている。
そんななきゃむりゃが手掛けた『中央線トワイライト』だが、クールな印象や激しい変拍子といったキャッチ―な要素は皆無な一曲になっている。
ギターやキーボード、ハーモニカのサウンドが奏でる軽いメロディーからは、夕暮れの帰路を感じさせる柔らかさを感じる。そこになきゃむりゃの持つVOCAJAZZ的なお洒落さが加わることで、ありふれた日常にある美しさを味わうことができる。
歌詞にも触れていきたい。歌詞には、恋人に会うため中央線に乗って帰路を急ぐ心情が綴られている。
電車の動く音を表現するとき、多くは「ガタンゴトン」という擬音をイメージすると思うが、この歌詞では「コトコト」という表現を使っている。「コトコト」という優しい表現を使うことで、帰りの電車に抱く柔らかさ、気持ちの軽さを印象付けることができ、非常にかわいらしい言葉選びだと感じた。
仕事や学校を終えて、夕方の電車に乗っているときの小さな幸福感がこの歌詞には詰まっている。家に帰る人、大切な人と待ち合わせに向かう人、皆何かを楽しみにしながら乗っているのではないだろうか。そんな小さな幸せを「斜陽が彩りを添えてく」時間と言い換えている。なきゃむりゃの歌詞の良さにもぜひ注目してもらいたい。皆の幸せを乗せながら、今日も中央線は走っていく。
#9『ICON』
作詞:星宮スイ
作曲:星宮スイ
編曲:星宮スイ
歌唱:GUMI
今回紹介したい楽曲はこちら、『ICON』である。おそらく読み方は「アイコン」である。SNSのプロフィールで設定するあの画像のことを指す。
この楽曲を制作した星宮スイは、2021年から活動を行っている若手ボカロPの一人である。ニコニコのプロフィール欄には「2005 born~」と書かれており、これを鵜呑みにするなら2005年生まれということになる。この文章をnoteに転記しているのは2023年なので、現在18歳のかなり若いボカロPである。私よりも若いクリエイターが活躍しているのを見ていると、驚きを隠せない。
代表作としては『808の残滓』や『境界人』が挙げられ、クールなボカロエレクトロやVOCALOEDMを主な制作ジャンルとしている。制作された楽曲の中には「クラブで使えるボカロ曲リンク」タグが付けられていることも多い。
しかしながら、今回の『ICON』はこれまでの曲調とはやや異なる。クールな印象というより、クールな印象にポップさを加えた曲調になっている。例えるなら、夜の都心を歩いているような洗練された可愛さを持っている曲であると感じる。おそらく、その可愛さの理由の一つに、ボーカルとしてGUMIを使用しているという点が挙げられる。
星宮スイの楽曲では初音ミクがよく使われる傾向にあり、特に『808の残滓』では初音ミクDarkを使っており、よりクールな印象を与えている。しかし、今回はあえて普段使っていないGUMIを起用することで、普段と異なる印象を与えている。ハスキーなGUMIのボイスが曲調のポップさと融合することで、可愛さを楽曲に与えている。
歌っている内容、歌詞を見てみると、いつかは消え去ってしまう淡い感情を歌っているように感じる。
同じものを眺めていても、永遠に同じ感覚を抱けるとは限らない。だからせめて「意味があるうちだけ」でも、その感覚に浸っていたいということだろうか。また、個人的に好きなフレーズとして、「額縁の中に飾っていたオモイデ」という部分がある。そのときそのときに感じたもの全てを、「額縁の中」に閉じ込めておけたらな、という感情がこのフレーズに現れているのではないかと私は感じた。
#10『鎖の少女』
作詞:のぼる↑
作曲:のぼる↑
編曲:のぼる↑
歌唱:初音ミク
第10回で紹介したいのはこちら、『鎖の少女』である。製作者ののぼる↑は、VOCAROCK系統の楽曲で知られるボカロPである。『恋はきっと急上昇☆』や『モノクロ∞ブルースカイ』『白い雪のプリンセスは』『ショットガン・ラヴァーズ』などがミリオン達成している。2015年に一度、音楽活動を終了することを発表したが、2017年に『ハウリング・マイハートを投稿して以降、音楽活動を再開しており、現在も積極的に楽曲を投稿している。2021年の「マジカルミライ」ではクリエイターズマーケットに出展しており、ベストアルバム「LOST STORY」を頒布していた。余談になるが、私はこのマーケットでのぼる↑本人と初めて対面した経験がある。訪れたファン一人ひとりに丁寧な対応をしていたのが印象に残っている。
話を戻したい。今回ピックアップした『鎖の少女』もまたのぼる↑の代表曲の一つとして挙げられる。のぼる↑の持ち味であるギターロックな曲調に切ないピアノサウンドとシンセサイザーが響く。だが、私はこれがこの曲の真骨頂ではないと考えている。
この曲の投稿者コメントにはこのような文章が書かれている。
人間とは本来誰にも縛られずに生きられる自由を持っているはずである。しかし、誰かの期待や呪縛によってそれを感じることのできない人生を送っているという人は少なくないはずだ。そんな心情をこの曲は歌っている。歌詞も見ていこう。
誰かの期待に応えるために、自分の人生を捨てるしかないという苦しみが現れている。こんな状況を「わたしはアナタの装飾品《ジュエル》」「誰ノ為ニ生きているのでしょうか」と嘆いている。この曲は、誰かに「鎖」で縛られた人間の曲となっている。しかし、この曲は暗い現実を嘆くだけでは終わらない。終盤の歌詞を見ていこう。
最後のサビでは、鎖に縛られた状態から抗おうとする、心情の変化が起きる。この抵抗があることによって、理不尽な制限に苦しむ人々にとってのアンセムになったのではないかと考える。
私は度々、ボカロ曲の「無機質さ」について考えることがある。この曲では、その「無機質さ」、言い換えればボカロの「無感情さ」に不特定多数の「鎖の少女」たちの感情が入り込むことで、より強いメッセージ性を引き出しているのではないかと感じる。この曲が多くの「鎖」をほどいてくれることを祈りたい。
最後になるが、もう一つだけ話題を上げさせてほしい。2017年の活動復帰以降、のぼる↑の活動形態として、オリジナル曲のリメイクも積極的に行っている。この『鎖の少女』もリメイクされており、より洗練されたサウンドを堪能できる。リメイク版も合わせて聴いてみてほしい。
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