問いを抱える人について
こんにちは、たかひとです。
学生時代、難しく考えなくていいんだ、悩むな、などと言われたものでした。
ほとんどが、話すことやそれにまつわることでしたが。
自分なりの正しさという軸を持つのは、人に押しつけさえしなければ、素晴らしいと思います。
でも、中には世間的な正しさにどうしてもなじめず、苦しんでいる人もいます。
悩むというより、答えの出ない問いを抱えてしまっている、といった感じです。
正しいと思いたくてもそう思えず、みんなが普通にしていることがそもそもわからず、そこに苦しさが発生する。
吃音を例に挙げると、正しい発声方法がわからないとか、
自分に自信が持てないとかの辛さとちょっと違う。
もっと奥底にある、世の中で当然とされている「はい」という返事が当たり前にできないことが、みんなに分かってもらえないなど。
別に、不条理に直面した人だけが、こういう問いを持つものではありません。
幸せに見える人生を生きている人も、内側にやるせない虚しさみたいなものを抱えている人もいるでしょう。
自分を選んで生まれてくるわけでもなく、気がついたら自分になっているわけで。
なぜ、急にどもるようになったんだ、と嘆いても始まらない。
自分として生きる以上、この人生を引き受けざるを得ない。
逆に、私が問いを抱える人に面したとき、ただひたすらにそちら側に立って、寄り添うことしかできない、と感じました。