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2024/10/10 油を恐れぬ者にのみ現れる聖痕

冷凍の餃子を焼こうとして、フライパンに油をひく。これが多過ぎたらしく、盛大にはねた。まあまあの量の油が右腕の内側に付着して、ぎゃー、と叫んだ。

保冷剤を、ぺっとりと貼り付けて冷やす。餃子は夫が代わって油よけの丸い網(何年も前にKEYUCAで買った。フライパンなどにかぶせる物)を盾に焼いてくれた。

私は油への感度が多分低い。多めに入れときゃフライパンの底に食材がひっつかない、くらいの雑な認識でいるから、1日の食事における脂質の割合だとか、今日のような事故が起こる可能性だとかは考慮しない。油というより料理そのものへの感度の話かもしれない。そこそこできるが別に好きではない。

大学を出るまで実家にいた。中学から吹奏楽を始めて、高校まで部活に明け暮れるという、もっともメジャーとされる過ごし方で青春時代を生きた。というわけでもちろん家の手伝いなぞついぞするわけがなく、実母がキレ散らかすので部屋は片付いていたが、料理洗濯掃除などのスキル獲得は独立してからだった。

しかし実母はこれを「まずい」と思っていたのだろう(この「まずい」は、人として生きるスキル獲得の上での「まずい」であって、良いお嫁さんのための何がしかではない。実母の名誉のために言えば、彼女は私を育てる上でただの一度も「女の子なんだから」とは言わなかった。その言葉に苦しめられ、その言葉を呪いながら生きた女の一人だったから)。たまに揚げ物をする時分だけ、反抗期なうえにそもそもあまり家にいない若き私をつかまえては手伝わせた。後に聞いたら、包丁仕事とか盛り付けとか、そんなことよりたっぷりの高温の油を扱う恐怖と面倒臭さのハードルを先に飛び越えさせようと思ったらしい。基礎とかなんとか細かいこと教えようとしたってあんた絶対やんないでしょ。揚げ物怖がらなきゃ後はなんとかなると思ってさ。

中まで火が通ってない、黒焦げにする、油はねにびびり過ぎてコロッケを親指ごと油に入れる(そして負傷する)、ありとあらゆる失敗をした。結果出来上がったのは、揚げ物に躊躇しないが、油の扱いが雑で段取りの悪い主婦だ。傘寿を過ぎた実母には言えない。教育は一勝一敗。あと、盛り付けは絶望的に下手である(これはいまだにねちねち嫌味を言われる)。二敗。お母さんはこれ、どう思うだろう。

餃子はちゃんと底面パリパリに焼けて、家族4人のお腹にちゃんとおさまった。火傷はちゃんと冷やしたので、濃い桜色くらいの跡で済んでいる。選ばれし者にだけ顕在する聖痕みたいに見えないこともない。

本やなにかしらのコンテンツに変わって私の脳が潤います。