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ぶたぶたくんの口角

豚の散歩を見た。薄いピンク地に黒いぶち。大きさは中型犬くらい。黒いリードにつながれて、ファンシーな効果音が鳴りそうな細かくてかわいい足取りで、ご主人と思しき女性とふんわり歩いていた。

あのぶちは「ぶたぶたくん」だ。からすとこぐまとおつかいに行く、ファニーなこぶたの「ぶたぶたくん」。二足歩行こそしていなかったが、子どもの頃に好きだった絵本の、ミリも覚えていないだろうが子どもらにもさんざん読み聞かせた絵本の登場豚に、令和の川崎市麻生区で遭遇してしまった。なんと。

気持ちの上では、車から降りて駆け寄って、名前や出自を根掘り葉掘り聞き出して、あわよくば背中をそっと撫でさせていただきたいくらいの勢いだったが、ぐっと我慢してハンドルを握り直し、ぶたぶたくんの脇を慎重に通り抜け、遭遇の余韻を引きずりながらくねくねと住宅街を走った。

愛玩用の豚がいるのは知っている。犬猫ほどではないにしろ、きっと私が思うよりずっと多くの家庭で暮らしているのだろう。でも私が愛玩動物としての豚を現実に近所で目にするのは初めてで、しかもあの黒いぶちだ。スタンダードな薄いピンクの豚ではなく「ぶたぶたくん」のぶち。憧れのアイドルが「明星」の誌面から立ち上がってきたかのような興奮を覚えた。かつてどんな芸能人を都会で見かけたときより高揚した。

ぶたぶたくんはきっと、お散歩を終えたらおいしいご飯をいただいて、ふかふかのおふとんを敷き詰めたかごかなんかで眠るんだろう。もしかしたらご主人のベッドに潜り込むのかもしれない。黄色いリボンを首に巻いて、「かおつきぱんのじょうとう」をかごに入れて、「ぶたぶた ぶたぶた」とつぶやきながら、歩く夢を見るかもしれない。

ああ、豚、かわいかったな、口角上がってる動物なんだな、とあらためて思い出しながら、夕食に豚肉の薄切りで大葉とチーズを巻いたものを食べた。

本やなにかしらのコンテンツに変わって私の脳が潤います。