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注意のシカタがわからない


土曜日の夜、テレビを観ていると遠くで「パンッ、パンッ」という音がしている。何処かで花火でも上がっているのだろうか?コロナ禍では予告なしで花火が上がることがあった。たまたま通りかかった道で花火が上がるのが見えて得した気分になったもんだった。
そんなことを考えていたら、また「パンッ、パンッ」が聞こえた。花火なら見たい、そう思って部屋のカーテンを開け空を見上げるが、花火どころか音も聞こえなくなった。終わった?残念な気持ちのままカーテンを閉めてテレビに戻る。ここのところ毎夕に録画していたドラマが溜まり気味、早く観て消去しなければBlu-rayの録画リストがパンクしてしまう。


「パンッ、パンッ」
あれ?また花火が始まったの?そう思って今度は違う窓のカーテンを開けてみた。やはり空に花火は上がっていない。ふと、家の前の道路に人影を認めた。我が家の斜め前には街灯がある。数年前にLEDに変わってからは夜でも結構明るい。明るいのは防犯のためにとても役立ちそうでありがたい。その、やたらと明るい街灯の下で、中学生2人がボールで遊んでいる。「パンッ、パンッ」という音は花火なんかではなく、ボールを地面につく音だった。

部屋の中が暗かったので暗闇の中からしばらく様子をうかがった。どうやらバレーボールの真似事をしているらしい。一人が投げたボールをもう一人がレシーブし、それを受けてトスをあげ、アタック。道なのでさすがにアタックは“するふり”だけで、地面に落ちたボールをサッと拾ってはもう一度ーと繰り返していた。
一人は近所の子、もう一人はそこによく遊びに来ている友達だろう。近所の子といってもその家と付き合いは無い。母親の顔はわかる、挨拶もする、でもそれ以上は無い。子どもが何年生かも知らない。中学生ということだけは何となく知っている。
以前、私がお孫ちゃんを連れて散歩から帰って来ると、我が家の真ん前の道路にその子とその友達の計3人が地べたに座ってゲームをしていたことがあった。ビックリして、
「そんなとこに座ってどうしたん。何してるん?」
と聞くと、悪びれもせずに
「暑いから」と答えた。確かに我が家の前は日陰になっていて、他の場所よりは涼しいのかも知れなかった。でも、道路だ。
「陰だからって、道路に座られたら困ります」
というと、何も言わずに立ち上がって何処かに行ってしまった。そんなことがあったのを思い出す。


その子が、夜9時半くらいに、外で、道路で、ボールで遊んでいる。バレーに飽きたら今度はサッカーの真似事。はて、どうしたものか。

出て行って注意する?
中学生が夜遅く外で遊ぶことは果たして法律とか条例とかに触れるのか?何時までならOKとかあったっけ?いや、そもそも道でボールで遊ぶことがダメなんじゃないか?学校のグラウンドとか広い空地とかならともかく、道だし、すぐそばに駐車場あるし、車停まってるし、よその家の壁とかシャッターとかに当たったりしてんじゃないの?我が家だって、車あるし、植え込みあるし、ガラス戸もある。壊されたり傷つけられたりしないだろうか?


だから、どうする?
出て行って注意する?


とりあえず暗闇のカーテンの陰から動画を撮ろう。何かあったらこの動画を証拠として提出しよう。いや、それも良くないか?隠し撮りだから私も怒られる?

だったら、どうする?調べたら中学生は夜11時から翌朝4時までは出歩いてはいけない、らしいことがわかった。とりあえず11時過ぎてまだやってたら通報するか。それとも休み明けに学校に電話するか?

そんなことを考えて悶々としているといつのまにか遊ぶのをやめていた。通報せずに済んでホッとした。


ところがまた次の日にも、同じような時間に遊んでいた。またも悶々とした。一体私はどうするべきなのか?ていうか、他の家の人たちは気にならないのだろうか?私だけが悶々としながらモヤモヤしているのか?斜め前のお宅なんて家のすぐ脇なのに、気にならないの?あ、車が無い。なるほど、お留守か。だから気づかないんだな。

中学校教師をしている長女に相談した。
「直接注意したりせずに休み明けに学校に電話やな」
「もしくは警察、警察に通報すれば学校にも連絡してくれる」

そうか。警察か。
しかしいざとなると気持ちが萎える。警察に通報するのは気が引けた。そこまで悪いことなのかの判断がつかない。もう少し様子を見て、続くようならまた考えよう、うん、それが良い。一人で納得した。


次の日は、夜ではなく夕方に遊んでいた。よくもまあ飽きずに、などと変に感心してしまう。夜じゃないならギリギリ目を瞑ろうか。道で遊ぶのは危険だけれど、明るいうちなら私だけじゃなく他の人の目もあるし、あわよくば誰か他の人から叱られろ。そんなことを思っていた。

次の日の夜の7時過ぎてまたあの音が聞こえてきた。あの子たち、また遊んでる。私は今あの音に非常に敏感になっている。花火の音かと思ったあの音、ボールをつく音。あれが聞こえてくるのがストレスだ。ほっときたいけどほっとけない。一人で悶々とする。

次女に、
「ちょっと表に出て見てこようか」
と言うと、
「やめときなよ」と言われた。でも気になってしょうがない。


「だったらゴミ捨てに行くついでにちょこっと見てみようか」
「うーん、なら付いて行こうか」


そうして2人でゴミステーションまで行く。今日は道ではなく主に駐車場で遊んでいるようだ。ゴミ捨てを終えて引き返しながら、駐車場がよく見えるように別の道を通ってみようかという話になった。我が家を通りすぎて、道をまわり込んで、別の入り口から駐車場に入ってあの子たちの近くを通る作戦に、少しウキウキした。すると‥

家の前まで戻って来た時、私の足元にボールが転がって来た。その後ろから一人の中学生がボールを追って私たちの近くまで走って来た。

「すみません」とボールを拾ってサッと去ろうとしたその子の背中に向かって私は言った。

「危ないから道で遊ぶのやめて」
「すみません」
「駐車場も車停まってるでしよ。ボール当たったらどうするの」
「すみません」
「当てたらいけんよ」
「すみません」


そう言ってその子は友達が待つ駐車場へ去って行った。意外にも「すみません」と謝れる子だった。悪いってことは分かっていたんだな、と思った。


次女が、「グッドタイミングだったね」と言う。わざわざ言いに行くではなく、たまたま向こうからやって来てくれた。こうして一度注意したなら、また次に同じことをしていたら次は学校であれ警察であれ、「注意したけどやめなかった」と言える。何もないより通報しやすい気がして来た。


子どもたちの動向が気になって、家に入ってからカーテンの隙間から覗いていたら、ボールを持って何処かに歩いて行った。その方向には中学校があるので、学校のグラウンドにでも行ったのだろうか。もしかしたら知らないおばさんに文句言われたーって陰口叩かれてるかも知れないけど、いうことを聞いてくれたことにホッとした。


数時間後‥

またあの音が聞こえた。何処かで遊んでまた帰って来たらしい。なんだよ、ちっとも反省してないじゃん。たまたま長女と次女が電話中だったので、今日私がやったことを報告する。よくやったと褒められるかと思っていたが、「直接言うのはやめといた方が良いよ」と言われた。子どもたちは自分たちの都合の悪いことは黙って、適当なことを親に言う。絶対間違った話が伝わる。するとそれを鵜呑みにした親が怒ってくるかも知れない。長女はそう言った。


「だったらどうすれば?」
「だから、とりあえず警察。学校より警察よ。警察に来てもらって注意してもらうのが良い。だって道でボール遊びするとか、アウトでしょ」


うん、そうよな。
それが一番良さげだわ。
注意したところで結局聞いてもらえなかったってことだもんね。
近所のうるさいおばさんの話なんて聞かないよね。

そう思っていたら、ある日私が仕事から帰って来た時に我が家の斜め前のお宅の奥さんと件の中学生が道で何か話していた。車を駐車場に停めながら様子を伺っていると、奥さんが自分ちの植木が置いてある辺りを指差しながら何か言い、中学生はペコペコ頭を下げている。お、植木にボールが当たったか?叱られてるのか?
車を停め終えた時には奥さんの姿は無く話を聞けなかったが、それ以降道路で遊んでいるのを見かけなくなった。

実害を出してやっと反省したのか?


私の心に平穏が戻った。


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