知らなかったでは済まされない!無償ストックオプション発行時にスタートアップがミスしやすいポイント(4)~金商法&IPO準備編~
はじめに
この記事は「無償ストックオプション発行時にスタートアップがミスしやすいポイント」シリーズの4作目の記事です。1作目,2作目,3作目を読まれていない場合は、下記よりご確認ください。
1作目(会社法編)
2作目(行使条件編)
3作目(税制適格要件編)
4作目となる今回は、SO発行実務の中でも特にナレッジの少ない金融商品取引法(以下、「金商法」)に関する規制とIPO準備について説明します。
略称一覧
ストックオプション:SO
無償税制適格ストックオプション:適格SO
無償税制非適格ストックオプション:非適格SO
無償ストックオプション(適格SOと非適格SOの総称):無償SO
有償ストックオプション(いわゆる時価発行新株予約権):有償SO
ベンチャーキャピタル:VC
租税特別措置法:租特法
租税特別措置法施行令:同施行令
金融商品取引法について
金融商品取引法とは、いわゆる投資家保護を目的とした法律で、株式や新株予約権などの「有価証券」の発行や売出し行為のルールを定めている法律です。過去のnoteでも記載した通り、ストックオプションとは新株予約権の一種であり、新株予約権は有価証券の一種ですので、ストックオプション発行は、金商法の定める有価証券の発行規制対象となります。
金商法は、上場準備に入る前のフェーズのスタートアップには無関係と思える響きの法律ですが、実はIPO準備に全く入っていないシード/アーリー期のSO発行でも、事前知識無く発行手続きを進めてしまうと金商法違反となるケースがあります。今回の記事では、会社法上は適切に発行したはずのSOが、うっかり金商法に違反していたという事故が起きないためのチェックポイントを紹介します。
金商法上のストックオプション発行に係る規制の概要
金商法では、会社が新たに無償SOを発行する場合、下記の2つの要件を共に満たすと、有価証券通知書または有価証券届出書の提出が必要になります。
要件①:SO付与の勧誘の相手方の合計人数50人以上
要件②:発行する無償ストックオプションの行使価額の総額が1000万円以上
※②は、正確には「発行」だけでなく「売出し」も含みますが、ストックオプション発行実務で売出しは発生しませんので省略します。また今回は、実務上の判断ポイントを優先し、金商法及び関連法令の原文解説は行いません。
要件①:勧誘の相手方の合計人数
SOを新たに発行する場合、SOの「勧誘の相手方の人数」が50人以上になると、金商法上の「募集」と呼ばれる行為に該当します(例外あり)。「勧誘の相手方の人数」とは、SOを実際に付与した人数ではなく、SO付与にあたって取得の申込みの勧誘を行った人数を指しますが、いわゆるSO発行(特に無償SO)においては、エクイティ・ファイナンスにおけるVCのように断られるという現象は滅多に無いと思われますので、実務上は勧誘の相手方の人数は付与対象者の人数と等しくなります。一方で、もし打診(≒勧誘)した相手が申し込まなかった場合は、その断られた人数も勧誘人数としてカウントする必要があります。
では役員や従業員50人以上に対してSOを付与する場合、必ず金商法上の「募集」となり、そして財務局への書類提出が必要なのか?というと、実際にその対応が必要なスタートアップは僅かです。この人数要件には例外があり、発行会社の役員・及び完全子会社の役員・従業員だけに付与する場合は人数不問で対象外となります。投資家保護が目的である金商法の性質を考えれば、役員・従業員向けのSO付与は何ら規制する必要がないという考え方だろうと感じます。
ここで重要なのが、人数要件の対象外とできるのは、あくまでSO付与対象者の全員が発行会社または完全子会社(100%子会社のこと)の役員または従業員の場合だけであり、顧問などの外部協力者がSO付与対象者に1名でもいる場合や、持分比率が99.9%以下の子会社や関連会社の役員・従業員に一律に付与する場合は、その全ての人数が対象となってしまう、という点です。
したがって、もし下記のようなSO発行を行う場合は、どちらのケースでも、①の人数要件を満たしてしまうことになります。
自社の取締役・従業員49人+顧問等の外部協力者1人で合計50人に発行
自社の取締役・従業員30人+持分比率80%の子会社勤務の取締役・従業員20人で合計50人に発行
逆に言えば、SOを外部協力者に発行する場合でも、完全子会社でないグループ会社勤務の取締役・従業員に発行する場合でも、その合計人数が50人未満であれば人数要件を満たさないこととなるため、金商法上の制約は発生しません。
※SOには譲渡制限が付与されていることを前提としています。
またこの50人という人数要件は、3ヶ月以内に発行された同一のSO(正確には、『同一種類の有価証券』)の場合、その人数を通算することとなっています。従って、全く同じSOを、30人ずつ2回に分けて、2ヶ月連続で出すようなケースの場合は、合計人数である60人とみなされる点に留意する必要があります。
要件②:発行する無償ストックオプションの行使価額の総額
無償SOを発行する場合、会社に対する金銭の払い込みはありません(発行価額=0円)が、付与された無償SOを将来行使するための権利行使価額は通常発行時に決定されます。そうなると、A人に対し、権利行使価額がB円の無償SOを発行した場合、全員の権利行使価額の総額はA x B円という計算式で算出が可能です。無償SO発行では、この権利行使価額の総額が1000万円以下の場合、金商法の制約はありませんが、権利行使価額が1000万円を超える場合は、発行価額の総額の要件を満たすこととなるため、金商法への対応が必要です。書類としては、1000万円を超える場合は『有価証券通知書』、1億円を超える場合は『有価証券届出書』の提出が必要です。ただし、現実的にスタートアップが『有価証券届出書』を提出することは上場申請期以外は不可能に近く、実務上は『提出不要な発行スキームを選択する』または『有価証券通知書を提出する』の2択しかありません。
※有償SOの場合は、SO付与時の払込金額も合算する必要がありますが、本シリーズは専門家に相談せずに自前で対応しがちな無償SOを対象としているため、省略します。
以下、実際に有価証券通知書の提出が必要となってしまう具体例を記載します。
例:自社の取締役・従業員49人+顧問等の外部協力者1人で合計50人に対し、一人あたり権利行使価額が300,000円の無償SOを、同時にまとめて発行する場合
自社の取締役・従業員49人+顧問等の外部協力者1人で合計50人が対象
→人数要件を満たす50人に対し、一人あたり権利行使価額が300,000円の無償SOを発行する
→総額50人x300,000円=15,000,000円→1000万円を超えるため、総額要件を満たす
上記の例から分かるように、1000万円の総額要件は容易に超えてしまいます。権利行使価額はそんなに高額になるものか?と思われるかも知れませんが、国内で発行されるスタートアップのSOプールは通常10-15%程度です。シリーズA前後、普通株ベースの時価総額5億円の会社が、仮に1回で3%相当のSOを発行した場合、権利行使価額の総額は5億円x3%=1500万円で1000万超となってしまいます。すなわち、一般的なSO発行では、権利行使価額の総額は1000万円を超える可能性が高い、と考えておいたほうが良いと思われます。
※人数要件と同様に、この総額に対しても1年間の通算規定があります。仮に権利行使価額の総額が1億5000万円となるSOを、同一年度に、7000万円と8000万円の2回に分けて発行する場合、総額が1億円を超えているため有価証券届出書の提出が必要となります。
ここまでを読むと、人数要件及び総額要件を満たす状況で、1人でも外部協力者へSO付与をする場合や、完全子会社以外のグループ会社に勤務する役員・従業員にSO付与をする場合、必ず有価証券通知書または有価証券届出書の提出が必要になってしまうのでは?つまり、付与対象者も多く時価総額も既に高くなっているミドルフェーズ以降では、実質的に外部協力者へのSO付与は不可能なのでは?という気がしますが、その点については、2011年4月に金融庁より、以下のパブリックコメントの概要と考え方が公表されています。
パブリックコメントの概要
パブリックコメントに対する考え方
すなわち、役員・従業員向けSOとそれ以外のSOで、「議案を分ける」「発行日を分ける」など、別個のSOと分かるように発行されていれば、「49人に対するSO」と「1人に対するSO」というように、届出を要しないSOとみなすことが基本的には可能ですよ、というものです。
ただ実務的には、どのような議案や議事録になっていればOKなのかという明確な指針は出ておりませんので、この点についてはやはり、弁護士に相談することを強く推奨します。
あくまでスタートアップ側としては、外部協力者又はグループ会社の役員・従業員にSOを発行する場合は、役員・従業員に対するSOと同じ議案で発行してはいけない、というのを最低限知っておくのがポイントです。
IPO準備におけるストックオプション関連の論点
さて、これまでシリーズ4回に渡り、無償SOにまつわる会社法、行使条件、税制適格要件、そして金商法においてミスしやすいポイントを説明してきました。この4つを抑えておけば問題ないはず・・・と思いきや、IPO準備でもまだ少しだけトラップがありますので、最後にミスしがちなポイントを2点ご紹介して、本シリーズは終わりにしたいと思います。
IPO準備系ミス①SOの契約書が整理保管されてない
IPO準備の過程では、過去に発行した全てのSOの契約書をスキャンし、PDF化し、新株予約権原簿と共に整理保管する必要があります。株主総会議事録も、プロダクト関連の取引基本契約書も、SOの契約書もまとめて契約書ファイルに突っ込んでいたはず・・・といった最低限の水準で書類管理をしているスタートアップは非常に多いかと思いますが、その管理水準の場合、SOの契約書を全員分発掘するには相当な時間がかかります。SO関連書類の専用ファイル、投資関連契約書の専用ファイル、株主総会議事録や取締役会議事録ファイルといったように、カテゴリ別に整理保管し、かつPDF化と台帳化まで済ませておくと後々非常に助けられます。
IPO準備系ミス②N-1期発行のSOなのに、継続所有に関する確約書を締結していない
IPO準備特有の書類に、『継続所有に関する確約書』というものがあります。いわゆるIPOロックアップには、任意ロックアップと呼ばれる主幹事証券会社との取り決めと、制度ロックアップと呼ばれる証券取引所との取り決めがあり、N-1期以降に発行するSO(厳密には、『新規上場申請日の直前事業年度の末日から起算して1年前より後に割り当てられたもの』)については、例外なく全てが制度ロックアップの対象となります。また、有価証券上場規程施行規則第272条に基づく『継続所有に関する確約書』を全ての付与対象者と締結しておく必要があります。
継続所有の確約書の存在は、上場承認時に開示されるIの部後半の第2【第三者割当等の概況】にて記載される項目であり、通常は下記のような記述にて確認ができます。
主幹事証券会社が早期に決定しているスタートアップの場合は、SO発行の前に主幹事から指導があるため『継続所有に関する確約書』の締結を忘れることはまずないものと思われますが、主幹事証券会社の決定が遅いスタートアップの場合には要注意の論点となります。
さいごに
以上、4回に渡り、スタートアップが無償SO発行時にミスしやすいポイントを実務家視点でご紹介しました。
最後に、何度もお伝えしておりますが、無償有償を問わず、ストックオプション発行は非常に高い専門性が求められます。またその専門領域も、会社法、租税特別措置法、金商法、有価証券上場規程と多岐に渡っています。誤った知識でSO発行をした場合、上場準備に入り株価が高くなったタイミングで主幹事証券や弁護士の指摘で過去の不備に気付き、全てのSOを取り消して再発行する羽目になってしまった・・・という最悪の事態も十分ありえます。そういった事態に陥らないよう、SO発行の際は、費用をかけてでも、弁護士、税理士、司法書士等の専門家レビューを受けることを強く推奨します。