成人式から18年後 ~二十歳の自分へ~
先日、三十八歳になった。もう少しで四十になる。
成人式から、もう十八年経っているなんて、およそ二倍も生きたなんて、なんだか不思議な気分である。
中学生の頃、理想の成人式を強くイメージしていた。そのときに思い描いていた、二十歳の自分はこんなものである。
1.髪を明るく染めている。
2.歌とギターがプロ並みに上手い。
3.既にミュージシャンとして成功し、有名になっている。
4.上記の要因で人一倍目立つが、誰のことにも興味を向けない。
私がこのような二十歳を掲げていたのには理由がある。
クラスの皆から、夢を笑われたからだ。
中学三年の卒業前、クラスメイト一人一人が皆の前で、自分の進学する学校と将来希望している職業を発表する機会が設けられた。
クラスメイトの発表を見ていると、皆が知らない自分の一面を告白しているようで興味深かった。他人の夢を聞くことは楽しいものである。
私の番が来ると、席を立ちながら決意した。
私も勇気を出して話してみよう。誰にも話していなかった将来の夢を。
緊張しながら教壇に立ち、皆の方を向く。視線を一斉に浴びると、体が震えそうになる。
「僕は〇〇高校に進学します。将来はミュージシャンになりたいです」
すると、教室内が静まりかえった。誰かが「ぷっ」と堪えていた笑いを吹き出す。それをきっかけにクラス中に笑いが巻き起こった。当時一番仲が良かった友人も笑っている。
私の顔は紅潮し、耳まで真っ赤になった。視線を教卓に落とすと、もう前を見ることができない。その間も教室内には笑い声の中、様々な刺々しい言葉が飛び交う。
恥ずかしい。悔しい。悔しい。悔しい。平静を装うのはとても大変だった。いつか彼らを見返してやる。そう誓いを立てることでしか、気持ちを落ち着かせる方法はなかった。
その出来事によって、私の将来に対するイメージはより強固なものになった。大人になって彼らに会うとき、つまり成人式に、彼らが笑ったことを後悔するような状況を作ってやろうと目論んだ。
それから五年後の成人式。
二十歳の私は、その理想と大きくかけ離れたものであった。
当日の私は控えめな明るさの茶髪を整えて、ごく普通のスーツで会場に行った。高校時代に細かった眉毛は太く戻しており、一際目立つようなファッションなどしていない。
同級生の多くは在学中あるいは就職している中、プロのミュージシャンになっていない私はフリーターの身であった。歌やギターの腕前も人並みであり、人に自慢できるような功績など何一つ残してはいなかった。
成人式で会うのは中学生の同級生が殆どであり、高校時代の私を知らない人ばかりだ。すると、こういう言葉をかけられた。
「みっちゃんが一番変わらないね」
えっ・・・・・・そうか。
私は結局何も変われないままこの日を迎えてしまったのか。
「みっちゃんて、今どこの大学行ってるの?」
「今はね、フリーター。東京で音楽やってるよ」
視線を外されて、「そっか」の一言だけ返ってきた。これ以上触れてはいけないセンシティブな質問をしてしまったという雰囲気が漂う。「気の毒になあ」といった言葉が聞こえてきそうである。
このときにようやく気付いた。自分の中では異物だと思い込んでいた、「夢追いフリーター」。少しは賞賛されるものと期待していたのだ。
成人式では派手な格好をした者が主役になるような異様な空気感がある。明るい髪色、派手な袴や振り袖、高価なアクセサリー、高級時計、高級車・・・・・・。彼らに共通するものは、そういった類いのものを身につけたり所有したりしていることだ。
そんな人目を引く彼らを横目に、私の口数はどんどん減っていく。疎外感すら抱いてしまう。自分が惨めで早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。
夕方から大きな会場で同級生たち大勢と酒を飲み、二次会ではクラス毎に別れた。私たちのクラスではカラオケに行くことになっている。嫌な予感がした。心臓をぎゅっと握りつぶされるように苦しくなる。
カラオケでクラスメイトは皆、歌うことに消極的だった。騒がしいはずの会場が静かになる。誰が歌うかといった話題で、ぼそぼそと皆が話し始めた。誰も名乗り出ない。寧ろ、自分は関係ないという意思を態度で表明し合う結果、私の予感は的中した。同級生たちが、こう言い始めたのだ。
「ここはさ、ミュージシャンを目指してる、みっちゃんでしょ!」
「そうだね! 成果を見せてくれよ!」
「あはは!」
その流れで、私は断り切れずに歌うことになった。皆に注目される中、曲を選び送信。こんなこともあろうかと曲は事前に考えてあったのだ。
マイクを片手に口を開く。だが、彼らの存在や関係性、過去の出来事が頭を支配する。これは私のアイデンティティがかかっている。そのように意識すればするほど、どんどん記憶の中の彼らに飲み込まれていく。発声はおかしなことになり、声が震える。音程もリズムもうまくとれない。
歌い終わると、小さな拍手だけ起こり、誰も何も言わなかった。これでは、恥をさらしただけである。誰も救いの手を差し伸べてくれないのか。
耳が熱くなるのを感じる。ああ、中学生のときと同じだ。
見返してやりたかった。だけど今も私は、彼らに負けているのだ。こんなはずじゃなかった。
もう逃げ出したい。消えてしまいたい。
三次会は仲の良かった少人数のメンバーで酒を飲むことになった。そのためにカラオケから居酒屋へ歩いていた。
夜も遅い時間、外の風は冷たく、私たちは背中を丸めて黙々と歩く。
いつか、今日のことを思い出すときが来るだろう。そのとき私は、今の自分をどう思っているのか知りたい。そんなことを考えながら、辺りの景色を目に焼き付けていた。
二十歳の私へ。
胸を張れ。
お前はこれから、もっともっと苦しい思いをする。
生きることを投げ出したくなるほど、辛い出来事に何度も遭遇する。
残念だけれど、涙も出ないくらいに悲しいこともたくさんある。
幸せに感じることなんて、それに比べると少ないかもしれない。
でも、お前は生きてきた。傷だらけで。
意外だろうが、今、お前が感じている、その惨めさを愛しく思える。
なぜなら、その成人式の日を含めて、この人生を誇りに思える日が来るから。
なんで誇りに思えるのか。
それは、お前が同じように苦しんでいる人の気持ちを、少しわかるようになるから。
それだけで生きていることを嬉しく思えないか?
なんて、二十歳のお前じゃわかるまい。
まあ、わかるまで生きてみろ。
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