ショートショート:投げ出されたトランプ
今思えばあの頃は、何て馬鹿だったんだろうと笑いたくなります。20代。馬鹿で、おせんちで、自惚れやで、世間知らずで、そして純情だった。
若さだけしかなくて、なのにその若さを持て余していた。
歩道橋から下を覗くと、車のヘッドライトの光が、ほらあんな向こうまで、続いているのが見えます。強い風にふき飛ばされそうになりながらスプリングコートの襟を押さえ、互いにしがみつくように歩く恋人達を見送ります。
あの頃、失恋して自殺しようとした親友を、必死で説得しながら、なのに同時に死というものに憧れてもいました。
どうやったら楽に若死にできるかと、友人達と真剣に話したりもしました。あの頃は老いや死という言葉が遥かかなただったから、恋に恋するように死に憧れていた。
遠くでクラクションが鳴ります。犬の遠吠え。
星の無い夜空に、光るあれは、飛行機でしょうか。瞬きながら、西のかなたへと飛んで行きます。
自殺しようとした親友を諭す為に言った言葉が、胸を突き抜けていきます。
「トランプで気に入らないカードばかり配られたからって、ゲームをやめるなんて子供みたいでしょ。自殺って、そういう事なのよ。」
自分で言った言葉なのに、今更ながらその意味を考えています。人生はゲームだと言うのは使い古された言葉です。勝ちもあれば負けもある。
ただ大きく違う所は、カードの振り分けは一生に一度しか行われないと言う事。目の前のカードが気に入らないからといって、ゲームをやり直してもう一度シャッフルする事は出来ないのです。
続けるかやめるか。続けるとしたら、どう続けるのか。一番を狙うのか、それともゲームそのものを楽しむのか。
ヘッドライトの波が、静かに、流れていきます。ヘリコプターの音。
風が、又強くなってきました。
私は、どう生きたいのでしょうか。結局、何をしたいのでしょうか。中年にもなってそれすらわからないなんて。20代の頃は、中年はもっと大人だと思っていたのに。
時々思います。ゲームは、今どの辺りまで進んでいるのかと。そして、私は、あとどの位のカードを持っているのかと。
夜空には巨大な雲がのたうっています。ちょっと冷たい風が首筋に触れ、私は身をすくめます。そして、振り返ります。
まるで、何か大きなものに、呼び止められでもしたかのように。