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サル・イノシシ合戦 栗拾い


原稿の締切が迫っている
朝からデスクに貼り付き
ない言葉を絞り出していると
友人からメールがきた

「山へ栗拾いに行きませんか」

わくわくする言葉の響き
思わず、うん、行くと言いそうになる

今はそんなことをしている場合じゃないのだ
なんとか断る文句を考えねば

「迎えに行きますよ。車でさっと行って、さっと拾って、1時間くらいで戻りましょう」

頭に浮かぶ、楽しい栗拾いの光景
拾った栗をマロングラッセにしたり
栗ご飯にしたり、ただ素焼きにするのも悪くない

拾ってもいない栗の
果てない夢が広がっていく

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それに
栗といえば、秋
そういやもう秋だったんだ

少しびっくりした

部屋に閉じこもってばかりで
秋の気配にすら気付かなかった
あれだけ鈴虫が鳴いて
秋をアピールしていたというのに
五月蝿いとしか思えなかった

秋に
秋の情緒を味わうのは悪くない

どうせこのポンコツ頭から
しばらく文字は出てこない
1時間くらいならいいか

「うん、いく」と
スマホの指が勝手に返事をしたから
仕方なく、準備を始める

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秋色のニットの帽子を被って
栗を入れるリュックを背負う

日本野鳥の会の長靴を履いた私を見て
「えらく気合入ってますね」
と、友人が茶化した

友人の車は、どんどこ山に入って行く
標識も何もないところを曲がったり
上がったりしながら
前人未踏ではないけど
それなりの秘境へ分け入っていく

彼女は
こんな目印もない道を
どうやって覚えるんだろう
いつも山を縦走したり
自転車で駆けまわっているから
いろんな宝物を見つけることに
長けているのかもしれない
こうした栗拾いも
そんなときに目星をつけておいたのだろう

友人が運転席から車道脇の溝をちらちら覗いていることを思えば
現場が近いのだろう

見ると、2mほど先の車道に
見覚えのあるイガイガが散乱していた

千と千尋のススワタリみたいな物体が
道いっぱいに
恥ずかしげもなく転がっていた

私たちは車を降り
そっとイガイガに近づく
侮ってはいけない
こいつらが本気を出したときの痛さは
本物である
事前に準備したパンバサミを
スズメバチのようにかちかちいわせながら用心深く近づく



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イガイガを掴み、中を覗いてみた
空っぽだった
この空洞にすっぽり収まっていたはずの
大きな栗の実はどこに消えたのか

私は周囲を見渡したが
犯人の痕跡は見つけられなかった

友人はイガイガをつま先で軽く踏んで
身の詰まっているものだけを拾っている
ぜいたくを言わなければ
ファーストステップはまずまずの収穫であった

友人によると
スポットはまだいくつかあるらしかった

次の穴場はトンネルの出口付近だった
トラックが轟音を響かせて通り過ぎていく

ここ危なくない?

山に入るには
コンクリートの垣根を越えなくてはならない
背の高い友人は
よいしょっと垣根を一跨ぎし
山を調査に来た学者のような顔で
すっすと山に分け入り見えなくなった。

一度も振り返らない
私ときたことを完全に忘れているのか

背丈が足りず
垣根を越えられなかった私は
トンネルの出口で斜面に落ちた栗を拾うしかなかった
負け犬感が半端ないが
それでも、思いがけず大きな栗も落ちていた
危ない場所だから誰も近づけなかったのだろう

しばらくして戻ってきた友人が
イノシシに先を越された、と悔しそうに呟いた
潰れた栗を割って食べた形跡がある、という

刑事か、と突っ込みながらも
日々食糧を求めて山をウロつくイノシシに、イベントがてらやって来た私たちが太刀打ちできるはずもない

「勝てっこないよ」と私は言った
「だって向こうは栗拾いの専門業者みたいなもんだし。業者に、にわか栗拾いが勝てっこないよ」

そうかなぁ、と友人は納得がいかない様子

数々のトライアスロンのレースで優勝経験のある鍛え抜かれた身体と
元来の負けず嫌い魂が負けを認めたくないと言っていた

みると、ジーンズがひっつきむしだらけになっていた

「ちょっとぉ、足がウチワサボテンみたいになってるよ」

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空を仰ぐと、すぐそばに栗の実がいっぱいなった木を見つけた
「ねえ、イノシシは木に登れないんじゃない」

友人がはっとして空を見上げる
「ムリムリ」と首を横に振る

私はできそうな気がしたが
残念なことに
ニットのワンピとパンツ姿だった
こんなときについてない
なんでおしゃれなんかしてきたんだろう
イメージが先行し過ぎた

もしジャージだったら
木に登ることは不可能ではない
庭の桜で木登りしたキャリアがものをいうはずだ
この、落ちる前の新鮮な栗を収穫できるチャンスを前に
何もできない無力な自分が恨めしい

私は悔しさをバネに思いっきりジャンプした
えいやっと栗の木の枝先を掴む

驚く友人に向かって、掴んだ枝を大きく揺さぶった
まだ青いイガ栗がひとつ、ふたつと友人の足元に落ちていく
イガイガの中から黒光りした艶のいい物体が顔をのぞかせた

「おお、ワンダフォー」
こりゃ、ごきげんじゃないか

しかし次の瞬間に気が緩み
持っていた枝を放してしまった
葉が千切れ、枝がばねのようにしなり、
黄色やオレンジに色づいた空に弧を描いた
掌に千切れた栗の葉だけが空しく残る

「しまった」
もう一度飛び上がってみるものの
手放した枝は、千切れたぶん短く、高くなっていて届きそうにない
濡れた落ち葉で足下が滑り
うまく踏ん張れなかった
はあはあと息をきらせながら
労力に見合う収穫率は見込めそうもないと悟る

ここにジャージがあったらな

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ジャージをはいた自分がするすると木に登り
木の上で大きな栗を収穫している姿を思い浮かべた

「次はさ、ぜったいにジャージで来ようよ。それからさ、高枝切りバサミも持って来るべきだね、ぜったいに」

友人は、息を切らせながらぜったい、ぜったいと繰り返す私を見て
ごもっとも、という顔で頷く
落ちた栗を拾うことしか考えていなかった友人は
落ちる前の栗をもぎ獲ろうなんて、夢にも思わなかったのだろう

「それでさ、こんなにいっぱいとって、甘いグラッセ作ろうよ」
私は言いながら、大きく両腕を左右に広げた
「来年はイノシシに先を越される前に来ましょう」
友人がポツリと言った

帰り道、二人でいつも行く野菜の販売所に立ち寄った
新鮮な野菜や果物を安く量り売りしているから
季節ごとのチェックが必要なのだ
落ち葉で焼きいもにするサツマイモ
お正月用の干し柿にする江戸柿
アップルパイとジャムにする紅玉とフジの2種類の林檎を買った
気がつけば2時間ぐらい経っていた

急いで家に帰り、続きの原稿に取りかかる
煮詰まっていた頭がすっきりしたのか
思いのほか執筆作業が捗った

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夕飯の支度をするためにキッチンに降り立つと
もうとっぷり日が暮れていた
袋に入れた栗は、大小15個ぐらいあった

豆みたいに小さな栗
痩せてスリムな栗は
ナイフで削ぐように皮を剥き
お酒を注いで研いだお米に埋める

栗ご飯になった栗は、想像以上に甘くほくほくしていた
道端に落ちているものがこんなに美味しいなんて
日本も捨てたものじゃない

大粒の栗が収穫できたら
絶品グラッセになったに違いない
来季はしっかり計画を立て
万全の準備で臨まねば
そうだ、新しい梯子を買おうかな

いや、収穫高を上げようと木に登るのは
どこかあさましい
それになんだか美しくない

栗を落とそうと枝を振る自分も
なんだかゴリラや雪男のようで
恐ろしい

美味しい栗で冬を越そうとしている
野生のイノシシ相手に闘いを挑むなんて
まったくもって、どうかしていた

木に登ってカニに柿をぶつける
サルカニ合戦の猿と大差ない

改心の一句。

栗拾い、落ちた栗拾うから、栗拾い
お後がよろしいようで

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tuki
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