Seventeen's Summer 17歳の最終楽章2 第1話
大粒の雨は風に誘導され、窓にカタツムリが歩いたような透明な道を作っている。窓の向こう側にいつも見えている2階建てのアパートが、白く霞んだ雨の中に怪しくたたずむ。吹き抜けていく雨に冷やされた風が、触れるもの全ての温度を下げていく。心地よいとはこのことだろう。6月の雨は全てを包み込んでくれる。
土曜日の雨の午後、東京都港区の小島に建てられている中高一貫校の寮では外に出られない生徒たちが思い思いの時間を過ごしていた。
「はい、順位を発表しまーす。だだだだだだ、第3位、ユウキ君」
コウタが仕切っている。
「マジ?」とトゴウ。
部屋にはコウタ、ユウキ、トゴウ、ケンシ、ニシカワの5人がいた。寮内での部屋の移動は自由だ。5人はコウタの部屋に集まり、テストの順位表を見ながら振り返りをしていた。
「ユウキも落ちたもんだな」
椅子に座って足を組んでいるニシカワが人差し指をたてて、横に振っている。
「ニシカワ、その態度やめろって、なんでいつも上からなんだよ」
ケンシがまじめな顔をしてニシカワに抗議した。
「いいよケンシ、ありがとう。そうやって言ってくれて。でも俺は落ちたよ」
ニシカワの代わりにユウキが答えた。
「なんでユウキはそんなことを簡単に言うんだよ、250人いる学年で3位だよ、確かにいつも1位だったけど、落ちたねなんて、10位にもはいってないニシカワから言われてくやしくないのかよ」
ケンシが鼻の穴を広げてユウキに食いかかる。
「ケンシはユウキのこととなるとほんとに一生懸命だな」
横からトゴウが口をはさんだ。
「いいからケンシ、俺のことだろ、俺がいいって言ってる、だからいいだろ」
ユウキは、うつむいたまま答えた。視線はひざの上の本に向かったままだ。高校1年の時は目指している大学に行きたくて一生懸命勉強をしたが、最近は親には申し訳ないが大学進学もどうでもいい気がしてきていた。親にはなんて言おうか、最近はそれがもっぱらの悩みの種だ。
「わかったよ、俺はこの順位表にはもう興味がないから」
自分のことをどうでもいいと言っているユウキに腹が立ったのか、ケンシが部屋を出て行こうとした。
「おいケンシ」
ユウキが呼び止めたが、ケンシは振り返りもせず出て行った。だが1人抜けたからと言って場が静まるわけではない。部屋の空気は暖かいままだ。
東京都港区にある、ひまわり学園中高一貫校は、全国から中学受験してくる生徒を受け入れている男女共学校だ。高等部からは毎年、東京大学に50人くらい合格しているから、まずまずの進学校だと言っていいだろう。寮がある分、地方からの入学生が多いのが特徴だ。
1学年250人、中等部と高等部を合わせると計1,500人になる。電車通学できる生徒は自宅通いだが、電車で通学できない学生は寮に入ることになっている。学校全体の8割の生徒が寮生だ。
男子寮と女子寮が道路を挟んで建っている。
男女とも生徒たちの部屋は6人部屋だ。6個机が並ぶ勉強部屋と廊下を挟んで2段ベッドが3つ備えられた寝室があてがわれている。
「ユウキごめんな冗談でいったのに」
ケンシが怒って出て行ったことが気になったのか、いつも強気のニシカワが神妙な雰囲気で声をかけた。
「ニシカワ、図星だから、大丈夫だよ」
成績が落ちただけだ、大学に行かないと思えばなんともない、ユウキは最近そう思うようになっていた。
「ニシカワ気にするなって、ほんとだから。このまま勉強して大学に行って何をするんだろうって思ったらさ、俺には何もないことに最近気が付いて、大学は行かなくていいのかなって」
まだ結論を出したわけではなかったが、そう言葉にすると何となく気持ちが固まりつつあった。
「まじか、おい、もったいないぞ、落ちたって言ったけど1位から3位じゃん、お前なら東大行けるから、頑張れよ」
コウタが眼鏡を上げる。
「今のテストのやり方に不満があるのか」とトゴウ。
「ああトゴウにはそう言ったっけ。それもあるけど、それだけじゃなくて、それが原因で色々考えたってこと。大学に行って何するんだろうって思ったら、何もないよなーって思い始めてさ。まあ、俺のことはいいから、まあみなさんはテストを頑張ってくださいな」
ユウキは本を閉じると、腰を上げた。怒ってはいない、ただこの話をこれ以上続けたくはないと思った。
第2話へつづく