Sioが(また)違うお店になっていた。

え、なんか違う。
慣れ親しんだと思っていたレストランが、
静かに、しかし大胆に変わっていた。

2月ぶりにレストランSioにお邪魔した。
最近は特に気にもしていなかったけど、
スケジュールを見返してみると、
概ね半年に1回くらいは行っているらしい。

ここ2年くらいは、安定のクオリティとサービスで、
間違いのないレストランとして僕の人生に定着している。

でも、今日のSioに安心感がない。
まず、今日は休みなのかというほどお店が暗いではないか。

迎えてくれるサービスの皆さんもなんか違う。
いわゆるユニフォームじゃなくなっている。
知っている方はわかるけど、初めましてのひとは、もはやお客なのかも分からない。

何だこれは。
何が起こったのだ。

心当たりはある。
オーナーシェフの鳥羽さんが本格的にSioに戻ってきたのだ。それが原因なのは分かっているけど、それにしてもこの変わりようは驚いた。

席についてみると、
テーブルにはキャンドルが灯されていた。
今までにはない演出。
これでようやく合点がいく。
なるほど、店内を暗くして、
テーブルにはキャンドル。
これで客は料理に集中できる、
ということか。なるほど。

確かにSioはテーブルの距離が近いから、
気になるといえば気になる。
でも、これで料理と会話に集中できる。
相変わらず論理と表現のバランスが素晴らしい。

肝心の料理の話になるまで、
ずいぶんかかってしまったが、
言うまでもなく、すべての演出は、
料理を美味しく食べるためにある。

まずは慣れ親しんだスタイルで2品。
体温を調節してくれる、素材の良さを生かしたスープから、シグニチャーでもある馬肉のタルタル。

ややサイズがコンパクトになっているのは、全体の構成でお皿が1つ増えたから。ちゃんとゴールできるように量もコントロールされている。まさに神は細部に宿る、というところか。しかし、ここで驚き過ぎると体がもたない。まあまあ、冷静になろう。ここまではウォーミングアップのようなもの。

今回さらに際立っているのが構成で、素材の良さを引き出すシンプルな料理から、おそらく15種類くらいの食材を一つの皿に凝縮したものまで、まるでジェットコースターのように行き来する。あっさりしたものの後にスパイシーなものが来たり、アツアツな料理と人肌程度の温度のバランス。

ちなみに、いわゆる有名な高級食材は使われてない。
その時にもっとも美味しいものを選んで、時に生かし、時に他の食材と絶妙に掛け合わせ、互いの良さを引き出し合い、時に保管し合うということをやっている。というか、それこそが本質的な高級食材ではないか。
思い当たった有名な高級食材は、トリュフオイルとウニくらいだっかな。

思うに、ここに鳥羽シェフの哲学が詰まっている。彼の立ち位置はいつも我々側、つまり客側にある。俺の料理を食べてみよ!ではない。とにかく客の喜ぶ顔を想像している。そのために知識と技術とクリエイティビティを発揮している。だからジャンルなどという、他の人が決めたカテゴリーには収まるわけもなく。イノベーティブと本人が言ったわけではない。カテゴライズすること自体が意味をなさない。鳥羽シェフにしたらレストラン、というだけなんだろう。

一緒に行った友人はいわゆる高級店にも足を運ぶそうで、その彼が思わず「あの高級店は何だったんだ・・・」とつぶやいたほど。

予約困難、
高級食材、
有名シェフ、
一歩間違えると、
食事をしているのか情報を食べているか、
分からなくなってしまう今、
料理と素直に向き合えるSio。

今日も厨房に鳥羽シェフの姿は見られない。
それがまたいい。

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三井陽一郎
広告営業、広告制作の現場、そして社長業を通した実体験を元に記事を書いています。よろしければサポートをお願いいたします。

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