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100日連続フルマラソン完走したら、悟りました。
(注)この記事を読めば、うっかり悟りを開いてしまいます。
僕は、100日連続フルマラソンを走って、悟りを開きました。
ひょっとこすると、空海、塩沼亮潤大阿闍梨、
この並びに、僕の名前が並べられる日も近いかもしれません。
だって、開いたのだから、
悟りを。
今日は僕が開いた悟りについて、端的に一言で書いてみたいと思います。
このテキストを読んでるあなたはラッキーです!
僕が100日連続フルマラソンを走って開いた悟りを、このテキストを読むだけで、ものの数分で掴むことができるのですから。
※スクロールする親指を止めないでください!あなたはもうすぐで悟ります!
それでは、引っ張っても仕方ないので、ズバリ書きます!
僕が、100日連続フルマラソンを走って開いた悟りとは!
それは、ズバリ!
100日連続フルマラソンを走ったら!
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足が痛い、、。
そう!僕が100日連続フルマラソンを走って開いた悟りは、
100日連続でフルマラソンを走ると足が痛い!っていうことでした(笑)
それ以上でもそれ以下でもありません!
本当の本当に、足が痛い!それだけです!
僕も、70日目や80日目に、見えないものが見えだしたり、聞こえないものが聞こえだしたり、自分の中に眠ってた超常が目覚めるのではないか!?と、
ドキドキワクワクしてたのですが、一切そんなことはありませんでした(笑)
空海、塩沼亮潤大阿闍梨の横に僕の名前が並ぶのは、どうやら今世、来世、来来世、来来来世あたりでは、厳しそうっす。
でもね、
最後に、
ひとつだけ言わせて。
悟りを開いてなくても、
俺、幸せ。
家族がいて、仲間がいて、こうやってアホな記事を書いて、もしかしたら誰かが笑ってくれるかもしれない毎日が、
本当に幸せ。
100日連続フルマラソンを走る前は、名誉や地位や影響力を手に入れて、
僕が何者かになれば幸せになれると信じていました。
だから、がんばりました。
でも違ったんです。
100日連続でフルマラソンを走ったら、
足が痛い。
そんな当たり前が、
幸せの本質であることに、
ようやく気づいたんです。
きっと幸せになるために、
大きな気付きは必要ありません。
カーテンを開けて窓から公園を眺めれば、
緑が広がって、小鳥が鳴いて、おじいちゃんが嬉しそうに孫と散歩しています。
一方、リビングでは、妻がまな板の上でトントンと素敵なリズムとネギを刻んでいます。
これが、幸せです。
幸せは100日連続フルマラソンを走った4220kmの先にあったのではなく、目の前にあったんです。
僕達は、常に、ここではないどこかに、行こうとします。
それは、ここではないどこかに、幸せがあると信じているからです。
でも、少し立ち止まってみてください。
ここではないどこかにあると信じてるものが、実は、目の前にあるのだとしたら。
こんなに最高なことはありません。
実は、探し求めていた欲しいものは、今、ここにある。
それに気づけたら、きっと目の前に広がる当たり前の景色が、
愛しくてたまらないものになると思います。
是非、目の前を、思い切り、愛してください。
長い文章を読んでくださってありがとうございます!
ここまでスクロールしたあなたの親指に心から感謝いたします。
いつも、ありがとうございます!