トレードオフと「はたらく」
あなたが大切にしていることは、なんですか。
あなたがどうでもいいと思っていることは、なんですか。
あなたの人生において、何があっても絶対に譲れないことはなんですか。
あなたの人生において、なくても許容できることはなんですか。
---
父がついに仕事を終える。
新卒からまともな休みも取らず、単身赴任の時期も経て40年近く勤め上げてきた。
父が選んだのは、ひとつの会社で生き抜くこと。
社会人になった今だからこそ分かるが、ひとつの会社に居続けるってものすごく大変だ。というか私には無理だ。
思えば父は、転職に迷っている様子を家族に見せたことがない。
どんなにストレス負荷の高い仕事をしていた時でも、そのせいで血圧が危ない数値にまで上がってしまっていた時でも。
生活のため、家族のため、色んなことを我慢しながら、たくさん働いてきたのを知っている。
一方で、40年近く会社のために色々やってきたことを誇りに思っていることも知っている。
最終出勤日が段々近づいて、ワクワクしている父の様子をLINEで知れることがとても嬉しい。
---
母が選んだのは、2人の子どもと父を支えること。
料理や洗濯などの家事には決まった休日も定年もないし、母の「はたらく」に対してはお金のような見えやすい労働対価がない。
有名私立大学を卒業した母は、何事にも努力を惜しまない方だ。パートをしていた頃も真面目に取り組んでいた。
娘としてそんな母の姿を見て「せっかく色々才能があるのにもったいない」なんて思っていた時期もある。
母に「キャリアを積みたいと思わなかったの」と聞いてみた時、彼女から返ってきたのはこんな言葉だった。
お母さんにとって大事なのは、小さな輪。
輪の中にいる家族と友達が幸せなら、お母さんも幸せ。
それ以外のことは、お母さんにとって大事じゃなかったよ。
生き方が多様化した世の中で大人になった私は、ほぼ100%母と同じ生き方はしない。
私にとって経済的に自立することは、自分の人生の舵取りを自分でするための大切な手段だ。
ただ、それでも母の言葉はしっくりきた。彼女は元々人を支えるのが喜びというサポータータイプ。
一方父は私と同じで、仕事でも仕事以外でも色々考えて、自分なりの道を突き進むのが好きなタイプ。
父と母の役割分担や働き方は、時代的なものも大きいとは思うし、結婚して35年経っても仲良しなパートナーに出会えたのは運が良すぎて羨ましいけれど。
それでも2人の性格や価値観に合った「納得感のあるカタチ」だったようだ。
トレードオフと納得感
何かをすることは、何かをしないこと。
何かを優先することは、何かを優先しないこと。
こんな当たり前なことを振り返るのが、案外役に立つ時がある。
仕事ひとつとってもそう。
ひとつの会社で勤め上げることを選んだ父とは対照的に、私はインターンをしていた頃から今までで、働き方や働く国をすでに何度か変えている。
その度に「はたらくのトレードオフ」を経験してきたように思うのだ。
ざっとこれまで
■日本のスタートアップでインターン
■アメリカのWeb制作会社でインターン
■新卒でベンチャーの新規事業立ち上げ@東南アジア
■世界一周しながらフリーランスとして稼ごうとして失敗
■大手外資系IT企業で働きつつ、フリーのライター・編集者としても働く
■同じ会社のアメリカ本社でゆるく働く(←イマココ)
住む場所、働く会社の規模やカルチャー、職種、周囲の人。それぞれの要素が違うだけで、得られるもの・得られないものがまったく違う。
さらに、同じ会社・同じ仕事であっても、日本からアメリカ(シアトル)に転勤することで色んなことが変わった。
試しにぱっと思いついたものを羅列してみたが、こんなにあるし、もっともっとある。ここに子育てなどのファクターが加わると一層複雑になる。
■日本に比べて給料は上がったが、物価も高い。
■日本に比べて家賃は高いが、家は広い。
■英語で悔しい思いをすることはあるが、働き方がゆるい。同僚が16時くらいに退社(ログオフ)する。
■女性の働きやすさ・職場での心理的安全性は、同じ会社でも日本にいた頃と比べ物にならないほど良い。一方で、人種問題・政治・治安など、日本とは別の問題が色々ある。
■自然が近い。ただ冬の雨続きの天気が辛い。
■アメリカにも美味しいレストランはあるけど、高いし太る。更に18-20%のチップを払う。
■日本に比べて諸々のサービスレベルが低い。日本の時間帯指定お届け便ってすごい。インフラは日本の方が基本的に良い。
■家族や友人との物理的距離が離れて会いにくくなる。ただし、日本メディアの煽る声や、日本的な「当たり前」も一緒に遠ざかる。
「海外で働くのが夢だ」という人がいるけれど、海外って一言で言っても色んな国があるし、都市によっても違うし、どこに行っても夢世界が広がっているわけではない。
シアトルに住むのも、東京に住むのも、その前に住んでいた東南アジアの都市もそうだが、すごく良いところがたくさんあって、うんざりするほど嫌なところもたくさんある。
これまで経験したどの働き方も楽しかったし、大変だった。
今の私は、今の働き方が一番気に入っている。けど、そのうちまた変わるかもしれない。
どれが正しいとか、正しくないとかの話ではなかったように思う。
色んな可能性の中で、「何をその時の自分が大事にしているか」。
もっと言えば、今の自分にとって「外せないもの」を優先すること。そして、優先しない部分やまだ知らない部分に関しては「まあいっか」と思うこと。
このトータルでの納得感が、価値観が多様化していく世の中で自分らしい働き方を模索してくため、そして他人の芝が青く見えないようにするために役に立ってきたように思う。
「はたらく」は、その時大切なものと、足りないものをあぶり出す
東南アジアでの事業立ち上げをしていた頃。
正直お金はあんまり貯まらなかったし、とにかく会社が生き残るようがむしゃらに働いたし、理不尽な目にもたくさん遭った。
体調を崩して、なんで頑張って働いているのか分からなくなった日もあった。
当時稼ぐことやホワイトな環境で働くことを目指していたとしたら、絶対に選ばない道だろう。実際、大学時代の友人の何人かは、私のキャリア選択を理解できないと言う。
一方で、経営者の方やおもしろい経歴を持つ方にたくさん出会い、「仕事が好きだ」と思える日々を過ごし、ビジネスをゼロから作る経験を20代のうちに得られた。
挑戦へのハードルが、思い切り下がった。無謀に思えることを思いついても、とりあえずやってみようと思うようになった。
誰に何と言われようと、私の人生にとっては貴重な財産だ。
とはいえ、今からもう一度同じ働き方で同じ仕事をやりたいかと言われたら、答えはノー。
今の私にとって大事なものが、そこにはないと分かっているから。
---
はたらくのって、楽しい。
はたらくのって、辛い。
はたらくは、命には絶対に代えられない。
お金を得られる「はたらく」が注目されるけど、家事だって育児だって立派な「はたらく」だ。
はたらくことで、今まで知らなかった自分や、本当に大事なものが見えてくることがある。
はたらくことで足りないものに気付いて、そこから方向転換することだってできる。
好きなことだけで生きていけるかもしれない。
ただ、時間も努力も人一倍必要かもしれない。
失敗するかもしれない。
でも、失敗からもっと大事なものを得られるかもしれない。
はたらくのカタチには、正解がなくなった。
だからこそ、「何をするか、何をしないかの両方を自らの意思で選ぶこと」がとても大事だと思うのだ。
最後にもう一度、この4つの質問を置いておこうと思う。
私も人生の方向性に迷った時、自分自身にこう問いかけるようにしている。
あなたが大切にしていることは、なんですか。
あなたがどうでもいいと思っていることは、なんですか。
あなたの人生において、何があっても絶対に譲れないことはなんですか。
あなたの人生において、なくても許容できることはなんですか。