アスペ先輩、仕事辞めるってよ #1話

第一話 カラサワ先輩との出会い

2014年、僕は転職に成功した。新卒で入社した会社が酷いブラック企業で、心身が持たず1年も経たないうちに辞めてしまった。しかし運良く退職後3ヶ月で新しい職を見つけることができた。
ブラック企業はコピー機の販売を行う営業会社だった。いわゆる商社だ。メーカーからコピー機を高値で買って、お客に高額なリースで売りつける。働いていて心苦しかった。というのも、コピー機やリースについて何も知らない人のいいお爺さん社長に高すぎる値段設定でコピー機を売るからだ。「ごめんなさい・・・」と思いながら契約を取る。契約を取らなければ、上司に詰められる。地獄だった。

そのブラック企業で働いていて「メーカーはなんて楽なんだろう」と常々感じていた。コピー機メーカーの営業担当の方と話をしたら、商社と違ってのんびり自由に仕事をしている。「メーカーで働きたい」と思うようになった僕は、ブラック企業を辞めた次の日から早速メーカーにマトを絞って転職活動を始めた。働きながら転職活動せずに辞めてから転職活動を始めた理由は、ブラック企業で働きながら転職活動する時間がなかったからだ。「第二新卒だからすぐに見つかるだろう」と軽く考えて転職活動を始めた。ブラック企業で鍛えられた営業力で、アポを取るように数社内定を決めた。どれもメーカーだった。その中でも、とてもニッチな産業機械のメーカーを選ぶことにした。どんな機械を作っているメーカーか言うと身バレするのでここに書くことはできない。申し訳ない。従業員は数十人程度の小さな会社だ。

4月、ブラック企業から逃げられた安堵感と、メーカーに入社できた達成感を抱きながら、初出社の日を迎えた。

「はじめまして、本日よりお世話になります、三戸たらしと申します。よろしくお願いします!」

新人らしく大きな声で挨拶を言うと、大きな拍手が起きた。とても嬉しかった。前の会社では考えられなかった、周りの方々の優しく温かい目。4ヶ月前にいた会社とこの会社は本当に同じ地球に存在しているのか?などと考えたりしながら、新しい温かな環境に心を震わせていた。

ビュ!

感動していた僕の目の前で、何かが高速で動いた。なんだ?

ビュ!

今度はハッキリとわかった。素振りだ。目の前で素振りをしている人がいる。あれ、おかしいな、今は新入社員が挨拶してるんだけどな…なんで素振りしている人がいるんだろうな…?

「ははは、カラサワくんも嬉しくなって素振りしてるやん」と社長が笑った。

ビュ!

社長はニコニコしながら「今日から三戸くんが新しい仲間に加わりました。皆さんよろしくお願いしますね」と言い、僕はもう一度大きな声でよろしくお願いしますと言った。

僕の紹介が終わり、社員のみなさんがわらわらと散っていく中、カラサワ先輩は大きな体を左右に揺らしながら呟いた。

「楽しみやな」

誰かに向けて言ったわけではないその言葉がぬるっと僕の耳に入ってきた。とても気味が悪かった。そして、カラサワ先輩が何を楽しみにしているのか、この時はまだ知る由もなかったが、1ヶ月の間に思い知ることとなるのであった…。


つづく

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