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日記のはなし

朝、トイレに座りながら。そういえば日記祭って次いつだっけ。日記の応募はまだだっけ。今回は何日のを応募しようかしら。

朝ごはんを食べて、コーヒーを飲みながら、前回の日記本をめくる。4月のときは、正直、他の人の日記を読むことの楽しさ、おもしろさがあまりわからなかった。でも、今日、今、まったく知らない人の日記を読んでいる。スーッとしみ込んでくる感じがする。

ひっそりと、誰に見せるでもなくただ綴られた、今日を生きた証のようなもの。”見せる”という意思が垣間見えた瞬間、ちょっとかっこつけた文章を書こうかなという意思が垣間見えた瞬間、ちょっとガッカリする。わかってもらう気なんてまったくなくて、そもそも誰かに見られる前提で綴ってない、整合性もつじつまも合っていない、何の説明もない、そういう文章のほうが好きだなって思った。

おもしろいな、と思う。そもそも誰かに読んでもらう気なんてさらさらないのに、こうして公開している。日記本という形にして、知らない誰かが読めるようになっている。そして、誰かに読んでもらおうとしていない文章を、他者である私が読んでいる。そしておもしろいと思っている。

同じ日、同じ時間、まったく違う話。その人のことはまったく知らない。あるのはその人が綴ったたった1日の中の話。でも、そこからにじみ出てくる。ああこの人は自分より他者を大切にする人なんだなとか、この人にとってごはんはすごく大事なんだなとか、寒い地域に住んでいる人なんだなとか。この人の文章すきだなとか。

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