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「動物界」動物になる/戻る人間たち【映画感想文】

※内容に深く触れたネタバレあり感想文です。

パンデミックを背景に父子の絆を軸に据えて描いたヒューマンドラマ

人が動物に変わるという奇病が「ニューノーマル」として定着しつつある近未来を舞台に、その存在と人間が共存する世界において、どんな問題や差別が起こるかという「IF」を、一組の父子の視点から描いたヒューマンドラマです。

人間が理性を失っていき動物化する物語、と聞けばパニックスリラーやホラー系統を考えそうですが(予告も若干その風味もありましたし)、この作品で焦点が当てられているのは、病がもたらした世界がどのように変容するかの「現象」ではなく、病がどのように人の心に変化をもたらすか、の「個」でした。

人の境界から外れたその先にこそ希望がある、かも

動物に変化していく人だった生きものは、現時点でノーマルな人間たちにさまざまな感情を呼び起こしていきます。見下す差別、庇護する優越、拒絶する区別、そして逆に、変化しない愛情も存在しています。

その愛を体現した存在がフランソワです。
病に侵されて獣に変化してもなお妻を愛し続ける夫・フランソワの姿は、どこか敬虔さを感じるほどにまっすぐに強く、一途に妻を愛し続けていました。普段の息子や周囲との接し方にはフランクだったりユーモア混じりだったりする当たり前の人間らしさがあったので、なおその真摯さを強く感じました。

父はやがて、息子のエミールもまたその病を発症したことを知ります。
父は子に対しても同じように愛を抱き続けられるのか、という新たな緊張が物語に加わります。葛藤や逡巡を経て、結果として、彼は当初からの自分の信念を貫きます。それはいっそ爽快なほどに見事な決断でした。

あれほどすがすがしいラストシーンはありません。親が子にしてやれる最高なことは、子を信頼してその手を放つこと。閉じ込めていた扉を開いて、思うがままに未来へと走らせること。希望に満ちた素晴らしい場面だったと思いました。

エミール自身は、病に対して混乱と恐怖を人として覚えながらも、じわじわと獣の本性に恍惚と幸福を覚えていきます。土色の水に飛び込み、森林を駆けまわり、夜の騒音をいとおしく感じ、鳥と化しつつある青年と友情をはぐくむ。自転車に乗れなくなり、カトラリーを使えなくなっても、彼は無意識下の変化を受け入れるかのように森に、新生物に惹かれていく。確実に、人という在り方から、徐々に確かに離れていく。その一連の変化がとても繊細に、巧みに演じられていました。

そんな彼の変容とともに、病は人間としての終わりを告げるものなのだと、観る方は知っていきます。

けれど、同時に、この世界の生きるものではないと烙印を押されるものではない、とも感じ取れるのです。深い原初の森林に、彼らの姿はおそろしく馴染み、ひたすらに美しく、まるで太古の昔から存在していたかのような原初の生物のようにさえ、思えたからです。

だからいつしか、病を帯びた人だったものたちを、自分は羨ましくも思っていました。純粋な生の歓びだけのある世界は、今の混沌が跋扈する世の中には、あまりにも眩しい。

この病は、「動物界」……英題の「THE ANIMAL KINGDOM」とでも呼称する、人では到達できない新しい世界への招待状なのかもしれない。そんなふうにも、感じました。

最後に

広大で圧倒的な迫力の森林や新生物の生々しい質感などの映像美も大画面にとても映え、圧倒されるばかりでした。
自分にはとても好みの作品で、観られて良かったです。

あと余談で、観ると考えるのが「自分だったらどんな新生物になるか、なりたいか」というところだと思うのですが……。

ふと思ったのが、あのカメレオン少女のように、大木の幹に張り付いて、その湿っぽさやひんやりとした触感に一日中張り付いて、ときに雨に瞼をキュッと閉じたり、差し込む太陽の光からするりと身を隠したり、そんな風に隠れて静かに生きる存在になりたいなと思いました。……隠居したい心境なだけかも…。


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