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シェルブールの雨傘 恋の終わりに思うことは
大阪松竹座開場100周年記念「シェルブールの雨傘」を観劇した。
感想を書き留めておきたいと思い、初めてnoteを書く。
あらすじ
1957年秋、アルジェリア戦争が続くフランスの港町シェルブール。病気の伯母・エリーズと共に暮らす20歳の自動車整備士のギイ(京本大我)は、17歳のジュヌヴィエーヴ(朝月希和)と将来を誓い合った恋人同士。結婚に向け思いが募る2人に対し、ジュヌヴィエーヴの母で雨傘店の店主・エムリ夫人(春野寿美礼)は、若すぎる2人の結婚に反対する。そんな時、ギイにアルジェリア戦争への召集令状が届き、戦地に赴くことに。ギイは献身的に伯母を支えてくれていたマドレーヌ(井上小百合)に伯母を託し、ギイとジュヌヴィエーヴは永遠の愛を誓い合ってシェルブール駅で別れる。後日、妊娠に気付くジュヌヴィエーヴ。ギイからは喜びの手紙が届くも、次第に減ってゆく手紙にジュヌヴィエーヴは不安を募らせる。そんな中で知り合った宝石商カサール(渡部豪太)が、お腹に子がいるのを承知でジュヌヴィエーヴに求婚する。思い悩んだ末、ジュヌヴィエーヴは街を出て、カサールと共にパリで新生活を始める選択をする。2年後、除隊となったギイはシェルブールに戻り、恋焦がれた恋人に会うため雨傘店を訪れるが、そこには店も彼女の姿もなく…。
(https://cherbourg-2023.jp)
本作は台詞が一切ない、全編音楽での構成だ。
決まった拍数、音階の中での芝居が要求される。
それゆえ、演者の演技や歌唱の実力が問われると思われる。
主演の京本大我さん。
大手アイドル事務所所属の人気アイドルながらも、かねてよりミュージカル作品での活躍は目覚ましく、作品を重ねるごとに彼自身の努力と成長が見てとれる。
今回のギイは、彼自身も言っていたように京本大我というパブリックイメージとは逆の労働者役。そして、20歳という未熟さも少し残した青年であり、何とも人間らしさがある。
彼の音域からすれば、ギイのパートは少し低めの音が多かったのではないだろうか。
しかし、歌にのせる感情は豊かで、20歳の青年をたしかにそこに存在させていた。
特に、二幕の除隊後の荒んだ様子の芝居には目を見張るものがあった。
自嘲的な笑み、寂しくてたまらないという傷つききった眼差し。
一幕のいきいきと車の整備をしてカルメンを観ていたギイとは、マドレーヌの言葉を借りればまさに「別人」。
ガソリンスタンドでのジュヌヴィエーヴとの再会するシーンでは、ギイの一挙手一投足に目を奪われた。
まさか会うなんて、会えるなんて、会ってしまうなんて、という言葉にならない感情が指先にまで表現されていた。
ギイに感情移入して観劇すると間違いなく情緒が死ぬ。(死んだ)
舞台の演出や衣装など、原作のフランス映画の色彩感が残されていた。
オケの音が臨場感を掻き立てる。
演出面で特徴的だったのは、プロジェクションマッピングを使った雨の表現。
音はもちろんであるが、本当に舞台上に雨が降りだしたようであった。
雨。
シェルブールは雨の多い地域であり、劇中も何度か降っているシーンがある。
ギイとジュヌヴィエーヴの出会いのシーン。
傘を持っていないギイにジュヌヴィエーヴが傘を差し出す。
一幕最後のシェルブール駅でのギイとジュヌヴィエーヴの別れ。
ジュヌヴィエーヴと目が合うと辛いギイと、ギイに思いを必死に伝えるジュヌヴィエーヴ。
二幕、ギイが除隊となり、ジュヌヴィエーヴに会いに雨傘屋へ向かうシーン。
ギイは黒い雨傘を差し、脚を引き摺りながら。まさに身も心もボロボロである。
エリーズが亡くなったとマドレーヌから知らされるシーン。
誰もいないエリーズの部屋と、激しく降りつける雨。
そして最後、ガソリンスタンドでギイとジュヌヴィエーヴが再会し、二度目の別れのシーン。
この時は季節は冬であり、雨でなく雪だった。
雨が持つ意味は何か。
私は、ギイの感情の情景描写だと思った。
シェルブール駅でのジュヌヴィエーヴとの別れ、エリーズとの死別はまさに悲しみの雨。
そしてガソリンスタンドでのジュヌヴィエーヴとの再会と二度目の別れ。
忘れたと言い聞かせていたジュヌヴィエーヴへの思いを覆い隠すように降っていたのかもしれない。
また、主題にある「雨傘」。
なぜ雨でなく、雨傘が主題なのか。
ジュヌヴィエーヴがギイに雨傘を差し出したから、
ジュヌヴィエーヴの実家の家業が雨傘を売っているから、
という理由だけでないように思う。
傘は雨から濡れないようにする道具であるが、本作においては、ギイとジュヌヴィエーヴの絆や繋がりのように感じる。
一幕冒頭のパッと開く傘は2人の間に咲いた恋心。
ジュヌヴィエーヴがギイに差し出すのは白の雨傘。
白は純粋、潔白の象徴であり、2人の関係が始まったことを表現しているように思う。
そして、除隊となったギイがシェルブールに戻る時に差していたのは黒の雨傘。
冒頭の白とは対極にある黒は、ギイの孤独や悲しみを表現しているのではないか。
閉業した雨傘屋を前に、ギイは黒い傘を手から落としてしまう。
ジュヌヴィエーヴとの繋がりが完全に切れてしまったことをギイが自覚したことを示す。
悲しみ=「雨」から守ってくれていたはずのジュヌヴィエーヴとの絆=「雨傘」。
戦争に翻弄された2人の若者。
死と隣り合わせの戦地で唯一の希望だった恋人が結婚したと知ったギイ。
日に日に大きくなるお腹と反比例して、恋人からの便りは減り不安だったジュヌヴィエーヴ。
お互い、再会した時に何を思っただろうか。
そして二度目の別れを経験してどう生きていくのか。
未練がないはずがないだろう。
大事な子供の名前は、かつて2人でいつか子供ができたらと話していた名前。
ジュヌヴィエーヴのそばにはギイによく似た娘。
幸せなの?
…ああ、とても。
恋の終わりは全てが美しいわけでない。
ギイがそうだったように、もがき苦しみ、行き場のない悲しみや怒りを処理できないこともあるだろう。
ギイとジュヌヴィエーヴがお互いそうであるように、
忘れられない、忘れたくない、忘れてはいけない人や思い出は誰しもあるのではないだろうか。
二度と戻らない過去を胸に抱いて、それでも今目の前にある幸せを大切に生きる。
最後に、
キャストとスタッフ陣に多大なる拍手を。
この作品を観劇できたことが何より幸せである。