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親友(13)

 秋なのに、ちっとも寒くならなくて、まだ、夏の延長線上にあるという感じの気候が続いていた。何度も何度もあの夏の終わりの海辺で最後に会ったときの秀のことを思い出した。今はバイトに出て明日香さんから少しでも秀の様子を聞き出すことで何とか毎日を過ごしていた。明日香さんに、2週間後に意識が戻って命に別条はないと聞いたときはほっとしてしばらく放心状態だった。病院は埼玉の方らしくて、どの病院かはっきりとはわからなかった。秀からはあの日以来やはり連絡がなく、毎日眠れない日々が続いた。片時も秀のことを思わないでいることはなかった。学校、バイト、単調な繰り返しの日々を何とかやりすごし、はた目からは普通に見えているけれど、ダメだった。母だけはちょっと私の様子がおかしいことに気付いているようだった。
 高校時代から大学まで一緒の友達の奈津に以前から、秀のことを時々報告していた。奈津は、秀のことを話していた唯一の本当に信用できる友達だった。奈津も私もべったり一緒に過ごすというタイプじゃないから、時々電話して、いざ会ったら、お互い報告することがいっぱいあって、話は尽きないという感じ。彼氏のことや好きな人のことをほかの子と話すと、自慢に受け取られたり、嫉妬されたり、ライバル意識を燃やされるのだけど、奈津だけは違って、そういう見栄なんかと違うところにいる友達だった。奈津に電話を入れて、バイトが休みの今日会うことになった。
事故のことを聞いてから1週間が過ぎていた。渋谷で待ち合わせて、居酒屋に飲みに行った。奈津と待ち合わせて、居酒屋でジントニックを頼んで事故のことを話したらやはり涙がこぼれてきた。周囲の喧騒に紛れて、隅っこで泣いている私に気付いているお客はいないようだった。奈津は向かいの席から、隣の席に移ってきて、寄り添って、慰めてくれた。奈津にしか今の私の気持ちはわからないと思った。奈津の肩が温かかった。やっと落ち着きを取り戻したかなと思うころ携帯が鳴り始めた。たぶん、帰りを心配した母からだと思って出た。電話から聞こえてきたのは2週間前に聞いた、あの女の子の声だった。

親友(13)

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