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雨の日の悲しさと優しさとおばあちゃん

梅雨ではないのに、今年は雨の日が多いので、昔の雨の日の記憶を思い出してしまった。

小学生の頃、私はどちらかというといじめられっ子だった。嫌なことを言われたり、されたりすると、決まって母方のおばあちゃんに話を聞いてもらっていた。

鍵っ子だった私のために、おばあちゃんは住んでいる山梨から、頻繁に東京の私の家に泊まりで来てくれていた。
だから、嫌なことがあればおばあちゃんにすぐ言うことができた。東京に来ていない時はよくおばあちゃんに電話していた。

そうやって嫌なことをおばあちゃんに話した中でも印象に残っている思い出がある。

それは小学校の4年頃のことだったと思う。
3年までは学校が終わると学童保育に通っていたが、4年になると通うのをやめ、学校の終わりに誰かと遊ぶ約束をして帰るというのが日課になっていた。

ある雨の日、いつものように数人で友達の家で遊ぶ約束をして帰った。その日はおばあちゃんが山梨から来てくれている日だった。
家に帰り、おばあちゃんに「遊ぶ約束があるから」と言うと「雨が強くなってきていて、帰りも遅くなるから今日はやめときなさい」と言われたので、友達の家に断りの電話をした。
電話をすると、電話の後ろが騒がしくて、私以外の遊ぶ約束をした数人はすでに友達の家に集まっているようだった。
電話で「今日は行けない」まで言ったところで、やっぱり遊びたい気持ちが出てきてしまって「ちょっと待ってて」と友達に言い、受話器をあげたままおばあちゃんにもう一度遊びに行っていいか確認しに行った。
おばあちゃんの答えは変わらずノーだったので私はがっかりしながら、あげたままの受話器を耳に当てた。

「やったー!!!」

受話器を耳に当てた瞬間飛び込んできた皆の声。私はびっくりして少し黙っていた。
どうやら私が行けなくなったことに皆は喜んでいたらしい。その後なんとか出た声で「もしもし…やっぱり行けないから」と伝え、受話器を置いた。

受話器を置いた後「やっぱり嫌われていたんだ。なんで意地悪するんだろう。」と思うと悲しくて、悔しくて大粒の涙がぼろぼろ溢れてきた。

私は隠れるように和室の窓辺に行き、膝を抱えて泣いていた。
外は雨がざんざん降っていて大きな雨音が室内にも聞こえていた。

すると、おばあちゃんはすぐに気付いて私のところへ来て「どうしたでぇ?」と甲州弁で聞いてきた。
おばあちゃんにそう聞かれ、急に余計に悲しくなって堰を切ったように声をあげて泣いた。

しばらく経った後、私はしゃくりあげながら、さっき起こった出来事をおばあちゃんに話した。
私が「意地悪することないのに」とか「なんでこんなことをするんだろう」とか言うことに対しておばあちゃんはずっと「そうだよねえ」と言って優しく受け止めてくれた。
そして、そうしている間ずっとおばあちゃんは隣に座って私の背中を一生懸命さすってくれていた。

おばあちゃんがそうしてくれたことで私は気持ちを持ち直した。

あの時の大きな雨音と、おばあちゃんの優しい「そうだよねえ」がずっと耳に残っている。

おばあちゃんはいつでも私に一生懸命味方してくれていた。おばあちゃんはもういないけれど、雨が降る度に思い出すこの思い出が今では私の強い味方だ。



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