心が疲れたら『植物の私生活』を読んで、朽ちてゆく心材に思いを馳せる
定期的に読み返したくなる大好きな本がいくつもある。
たとえば梨木香歩のエッセイ、保坂和志の小説論、武者小路実篤の詩集…。
最近は育児で時間が取れず、大好きな数ページだけを心の薬としてめくることが多い。
その中で、文学のくくりからは外れるけれど、自分の中では特別に効く薬『植物の私生活』について、少し書いてみる。
イギリスBBCテレビの人気番組「The Private Life of Plants」のブック版。昆虫や動物と植物の関係、食虫植物からマングローブ、パキポディウムやラフレシアまで厳しい環境の中で生き抜く植物の知恵を紹介している。
A4で厚さも3センチほどある図鑑のような本。
美しい写真がふんだんに使われていて、ぱらぱら見るだけでも面白い。(虫が苦手な人は叫びたくなるようなページもあり)
なんだかずっと見つめたくなるテングザルの写真
毒のある種子を食べた後、その解毒作用がある粘土(特定の場所にしかない)を食べようとして順番を待っているコンゴウインコの写真
…なぜ解毒作用があると気づいた?順番待ち?すごい!!
世界中の面白い植物の生態やメカニズムについて、わかりやすい話し言葉で書かれていている。
上記のコンゴウインコのように、動物や虫との関わりも面白い。
植物という生き物が、人間とはまるで異なる様々な方法で生存している。それを知るのが、何故かとても楽しい。
メカニズムが違いすぎて共感などできようもない。それでもつい擬人化してしまう。賢いなぁと感心してしまう。
そして植物の生長を、自身の希望と錯覚してしまうのはなんでだろう。
そのなかで、一番好きな「菌類と心材」について。
うまく説明できるか不安だが、引用を多用して試みる。(勝手にぐっとくるところを一部太字にしてます)
充分生長したナラの木にキノコが生えたことを例に話している文です。
木が年をとり、弱ってきたときにはじめて菌類(キノコ)が見えてくるので、木が病気になったように見えたり、枯れてしまったりするのは菌類のせいだと思われがちなのですが、そういう見方は正しくありません。それでは菌類がかわいそうです。菌類は木の生きている細胞を破壊したわけではなく、腐らせたのは死んだ心材だけなのです。
「それでは菌類がかわいそうです」という一文がたまらなく好き。理系100パーセントな文ではないのがこの本のチャーミングなところ。
そして「心材」とはなにか。「心」という漢字にいつもどきっとしてしまう。
木が年をとるにつれ、幹の中心部にはかたい心材が発達していきます。心材は枝を支え、枝は太陽の光がまんべんなくあたるように葉を配置します。しかし、心材は死んだ組織なのです。心材をつくるためにナラは長いあいだ大量の資源をつぎ込んできたのですが、自力ではその投資を回収することは不可能です。そのチャンスを与えてくれるのが菌類なのです。
心材は自身の中心であり、ずっとそれを作るために力を注いできた。でも、心材はもう死んでいるのだ。
それらをふまえて、一番好きな一節を引用する。
菌類が分解して腐らせた心材はボロボロになり、空洞になった幹の底に積もります。そのままではどうにもならなかったものが、再び養分を利用できる状態になったのです。
ナラはもとは自分のものだったその堆積物の中に小さな根をのばし、生涯をかけて蓄えたものの一部をとり戻します。
文のよさについて語るのも野暮だし、表現できる語彙もない。
ただこの文を読んでぼとぼと泣いた時があった。
周りの理解を得られない中(今考えれば私のことを思ってのことだったけど)、心と時間を費やしてきたことがあった。自分の未来をかけていた。それをあるとき全部、自分でおしまいにした。
おしまいにしたけれど、凝り固まっていて動けなくなっていた。無駄になった膨大な時間や苦労を惜しむ気持ちに引きずられて、前に進めなかった。
そんな時にこの文が響いた。
いつか私のどうにもならない心材も、菌類が分解し、養分に変えてくれるかもしれない。
その時にはじめて、今までやってきたことが自分の養分として吸収できるかもしれない。
いつか…
そうして勝手に救われた。少し。
心が疲れている時、この本をめくる。
自己啓発書のような具体的なアドバイスはない。
小説のように登場人物に感情移入して感動することもない。
この本は植物の生態とそれにまつわる話が延々と書かれているだけだ。
だがその距離感に救われることがある。
はじめに心の薬と書いたが、即効薬ではない。じわじわと効いていく漢方薬のような本だ。
最後に。
心材がなくなり空洞になったうろに、コウモリやフクロウが住みつくことがあるそうだ。そして地面に落ちたフンが新しい養分になる。
自分の心材がぼろぼろと崩れてぽっかりできた穴に、小さな生き物が住む。そこから元気をもらう。
心があたたかくなる空想だ。
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