『ノルウェイの森』 村上春樹
『ノルウェイの森』を初めて手に取ったのは十代の頃。当時は冒頭からあっさりと挫折した。
理由は、恋愛から派生していく様々な感情がまだ理解できず、随分複雑な物語だなと感じてしまったからだ、と記憶している。
あれから長い歳月を経て、今日、下巻の最終ページを読み終えた。
主人公の『僕はどこにいるのだ』という混乱した状態での唐突な終わり。 読み終えても尚、簡単に切り替えの出来ない世界がそこにはあった。
はっきりとした終わりが描かれていないからこそ、私のなかでこの物語は未だに続いていて、焦燥感と共にこの世界に引きずり込まれたままでいる。
何とか救いは無いだろうかと、上巻冒頭に未来の『僕』が描かれていた事を思い出した私は、もう一度この場面を読み返してみた。
37歳の『僕』がそこにいた。
ビートルズのノルウェイの森で激しく混乱する『僕』、幸せな草原での記憶、直子との約束によって未だに18年前の哀しい世界に留まったままの『僕』。
歳月を経て『僕』が到達した、直子の本当の気持ちもこの章の終わりで語られていた。
『「私のことをいつまでも忘れないで。私が存在していたことを覚えていて」と。そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ』
この文章でかなり動揺してしまう。
直子はこの時点で、すでに『僕』より早く死ぬことを分かっていたのではないだろうかと推察出来るからだ。
この『約束』が、愛しているキズキの元に行きたいのだ、という意思表示のようにも感じられてしまい、私も『僕』と一緒になって、たまらなく哀しい気持ちになった。
結局、私の願った救いは無かった。
それでも、この余韻をまだ感じていたいと思ってしまう。
それは私が感じている孤独と、この物語に漂う性質が近いもののように感じられてしまうからだ。 もう少しだけこのぬかるみに浸かっていたい。