「山のいのちをつなぐ、春の森の香」 俳句と暮らす vol.09
まだ寒さの厳しい2月ですが、そのなかに少しずつ、春を感じ始めています。
みなさんにとって「春の到来を感じる瞬間」って、どんな一瞬でしょうか。
道端のたんぽぽやつくしに気づいたとき。
いつも通るあの道に、桜が咲き始めたら。
和菓子屋さんに並ぶ、桜餅や草餅を見て。
「春が来たなあ」と感じる瞬間は、人それぞれですよね。
今回訪ねるのは、飛騨高山。
この春、我が家にお迎えしたばかりの “春の森の香り” のお話です。
香りで春を告げる山里の花、辛夷
「辛夷(こぶし)」は、山林に自生するモクレン科の落葉高木で、葉よりも先に白い花を咲かせ、爽やかな香りを放ちます。
まさに今の時季に、春の訪れを教えてくれる植物のひとつです。
「辛夷」という季語にも、白い花やその香りから感じる春、心待ちにした春の到来を尊ぶ気持ちが込められていて、香りが印象的な名句も多いです。
もちろん辛夷もとても良い香りですが、それよりもさらに香りが際立つと言われているのが「匂辛夷(においこぶし)」。
この名前が物語っている通り、古くから、匂辛夷特有の高貴な香りが評価されてきました。
里に春を告げる「辛夷」、山に春を告げる「匂辛夷」。
そんなふうに例えられている、“山の辛夷” です。
春になったばかりの2月のはじめ、飛騨高山でつくられている、匂辛夷のハンドソープを購入しました。
飛騨高山で生まれた、日本の森の香り
飛騨高山が世界に誇る、純日本製のエッセンシャルオイルブランド「yuica」。
高山市にアトリエがあり、日本の森に生育する樹木から抽出した100%天然由来のエッセンシャルオイルはもちろん、フレグランスやスキンケア、ボディ・ヘアケアアイテムを展開しています。
日本の森の香りで、暮らしに癒しを与えてくれるブランドです。
こうした樹木系の香りの話を聞くと「森林浴をしているような…」と評されるようなウッディーな印象を思い浮かべますが、yuicaの香りはそんな一言では片付けられないほど、個性豊かです。
清涼感が際立つヒノキやスギ、やさしい甘さが隠れたヒメコマツ、ローズウッドを思わせる高貴な香りのクロモジ、鼻に抜けるスパイシーな刺激が心地よいサンショウなど、実に多彩な香りを展開しています。
私が選んだのは、匂辛夷のハンドソープ。
帰宅してすぐ、このハンドソープで手を洗いながら良い香りを楽しむのが、ひそかな楽しみです。
yuicaの代表的な香りのひとつが、この匂辛夷。
モクレンや辛夷の花の香りによく似ていて、ほんのり甘く優しい香りに、柑橘を思わせるような爽やかさやジューシーさが加わった、とても上品な香りです。
手のひらで泡立てながら、何度も鼻を近づけて深呼吸。
みずみずしさと華やかさが際立つ、優美な香りに癒されます。
香りの良さだけではなく、しっとりとした洗い上がりもお気に入り。
肌への浸透が良いコメヌカオイルやツバキ種子オイル、腐葉土からできたフムスエキスを配合した、植物由来成分による保湿処方だそうです。
タオルで拭いたあとに改めて実感する、ふっくら艶やかな洗い上がりと、ほんのり残った爽やかな香り。
消毒液で日々酷使している手のひらが、とても喜んでいるようです。
採集も抽出も、とても希少な匂辛夷
日本で初めて、匂辛夷の水蒸気蒸留抽出に成功したyuica。
飛騨高山の美しい水を使い、水蒸気蒸留法で丁寧に抽出してつくっています。
実はとても希少な、匂辛夷のエッセンシャルオイル。
比較的標高の低いところにある「辛夷」や「幣辛夷(しでこぶし)」と兄弟ですが、匂辛夷は比較的標高が高いところに自生します。
そのため「里に春を告げる辛夷、山に春を告げる匂辛夷」と言われているんですね。
また、山の斜面や尾根筋に生える高木なので、人が足を踏み入れにくく、枝の採集は困難を極めます。
群生ではなく点々と生えているため、一度に大量の材料が集まりにくいうえ、集まったとしても精油として抽出できる量がとても少ないので、匂辛夷のエッセンシャルオイルは希少価値がとても高いのです。
yuicaのアトリエでは、飛騨高山の森の奥深くで採集された貴重な野生の匂辛夷の枝葉を使い、独自の水蒸気蒸留抽出機で精油を抽出。
この方法で抽出される精油の量は、重量比にしてわずか数%ほどとかなり少ないですが、その分精度の高い、品のある香りの精油を採ることができるのです。
飛騨の山々を、ずっと守っていくために
森林面積率90%以上を誇る飛騨高山は、まさに「森の宝庫」。
yuicaは「飛騨の森から生まれるアロマ」ですが、同時に「飛騨の森を守るアロマ」でもあります。
原材料は、木材を切り出すときに落とす枝や、山林を管理する過程で出る枝葉など、いわゆる間伐材や林地残材を、適正な価格で譲り受けています。
飛騨の山をお手入れしながら。
山のことをよく知る人たちと一緒に。
持続可能な量だけ採集し、その材を余すことなく大切に使って。
そうやって、捨てられてもおかしくなかった細い枝葉から、純度の高いエッセンシャルオイルを抽出します。
森は、人の手が入ることで適切な日の光が入り、豊かな生態系が保たれていきます。
今のように、国内外でSDGsが叫ばれる何年も前から、森林環境の維持や持続可能なものづくりを、ごく自然体で、まるでそれが当たり前かのように続けてきていたブランドなのです。
つまり、私たちが暮らしにyuicaを取り入れることは、飛騨の山を守ることにもつながります。
壮大な森の香りに癒されるたびに、その森を守る小さな力になれる。
森のいのちの連鎖を感じる、サスティナブルサイクルです。
春の森を歩いているようなフレグランス
もうひとつおすすめしたいのが、yuicaの精油の香りの可能性を広げてくれる、オリジナルフレグランスアイテム。
私は、フレグランスミスト(香水)と、フレグランスハンドクリームを愛用しています。
yuica専属の調香師さんのオリジナルブレンドの香りはいくつかありますが、そのなかに匂辛夷をベースにした「春の森」というフレグランスがあります。
さすが、日本の森、飛騨の森を知り尽くした調香師さんが生み出したとあって、本当に森の中を一歩一歩進んでいるかのような変化に富んだ奥深さと、うっとりとするような上品さを併せ持った香りで、とても気に入っています。
フレグランスは、時間が経つとともに、香りが変化していきます。
一般的に、つけてすぐの香りがトップノート、少し時間が経ってから香るのがミドルノート、香りが消えるまでをボトムノートと呼び、その香りの変化を楽しみます。
匂辛夷と杉をベースとした「春の森」は
トップノートに杉とレモン、
ミドルノートに匂辛夷とカヤ、
ボトムノートにコウヤマキという構成。
つけた瞬間は、芽吹きを感じる春の森に足を踏み入れたときのあの気持ちよさ、そのもの。鳥の声が聞こえてきそうな、爽やかな森の朝を感じます。
少し時間が経つと、まるで森の中を奥へ奥へと歩いているような香りに変化。
途中で腰を下ろして木の根っこでうたた寝をしているような、リラックス感や心地よさのある、落ち着いた香りです。
華やかでいて柑橘のような印象もある匂辛夷は、爽やかな第一印象をつくりながら、そのあとの香りの変化を優しくつなげてくれるような存在です。
「春の森」の香りに添えられている、メッセージ。
回り続けている森のいのちの香りから、春の芽吹きの力強さ、大地の壮大さを感じました。
香りから感じる春を十七音に閉じ込める
辛夷もそうですが、植物の季語は数えられないほどたくさんあります。
葉や木、実や花の色・かたち、香りなどの特徴はもちろん、その植物の歴史や文化も含めて、その命ある一瞬の儚さを、俳句は十七音に閉じ込めます。
植物が葉をつけ、花を咲かせて香りを放ち、実をつけて、落葉して…と、四季を通じてその美しい過程を何度も繰り返すのは、命を繋いでいくため。
その自然の営みのなかに、私たちが生きています。
森を守ること、自然と共存していくことの大切さを、今回、森の香りを通して教えてもらいました。
yuicaのエッセンシャルオイルは、枝葉から抽出したとは思えないほど、繊細で美しくて、優しい香り。
それは、木が持つ本来の生命力を信じ、じっくりと丁寧に抽出しているから。
一滴のオイルから、森の偉大な生命力を感じずにはいられない、清々しさ。力強さ。
その中に、品の良さや奥ゆかしさも漂っています。
日本人の美意識にもよく似たyuicaの香りは、俳句や季語とも通じるところもあるなあと感じながら、今日も春の森の中を歩いているような気持ちで、大好きな香りを身にまとっています。
暮らしの一句
この森にいるよと匂辛夷咲く 麻衣子