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クリスマスに語る優しい奇蹟 マンリー・ウェイド・ウェルマン「山にのぼりて告げよ」
今日はクリスマス・イブですが、毎年この時期になると読み返したくなる物語があります。それはマンリー・ウェイド・ウェルマンの「銀のギターのジョン」シリーズの一つ「山にのぼりて告げよ」。流しのギター弾き・ジョンがクリスマスの日に子どもたちに語る、ちょっと不思議で心温まる物語です。
米国のホラー/SF作家であるウェルマンのシリーズキャラクターの一人・銀のギターのジョンは、通り名そのままに、銀の弦を張ったギター片手に、アパラチア山脈を中心に放浪する歌うたいの男。そんな風来坊のジョンを主人公とした連作では、彼が様々な超自然的な出来事や怪物、魔術と遭遇し、それを切り抜けていく様が描かれています。
このジョンの物語は、作者が実際に収集した舞台となる地方の民間伝承をはじめとして、土着の文化風俗が巧みに散りばめられていて、一種のフォークロア・ホラーというべき味わいがあるのですが――それと同時に、楽天的なジョンのキャラクターと語りが生むユーモラスな空気、そして人間の善性に対する目線が物語に大きな温かみを与え、ホラーだけれどもホッとさせられるという、不思議な味わいが実に魅力的なシリーズです。
(もう一つ、SF的なアイディアが時折スッと投入されているのも楽しい)
本シリーズについてはいずれまとめて取り上げたいと思いますが、今回紹介する「山にのぼりて告げよ」は、ジョンが直接遭遇した怪異を描くのではなく、あるクリスマスのお祝いに招かれた彼が、子どもたちに知り合いから聞いた出来事を語るという、シリーズの中では少々変わったスタイルの物語です。
そのため、厳密にはメインとなる内容はクリスマスの出来事ではないのですが――しかし内容的に、クリスマスに語るのにこれほどふさわしいものはない物語です。
かつては仲の良い隣人であったものの、ちょっとしたことが重なるうちに、決定的に仲違いしてしまったアブサロム氏とトロイ氏。そんな関係を象徴するように、土地の境界に深い溝を掘ったトロイ氏に対して、アブサロム氏がある対策を考えていた時――彼の前に、工具箱を担いだ一人の男が現れます。
流しの大工だと名乗るその男に対してアブサロム氏が依頼したのは、溝に沿った自分の土地の側に柵を立てること。男は晩飯時までには喜んでもらえる結果が出せると請け負い、作業を始めます。
そこにやって来たのは、以前荷車に足を轢かれて以来、歩くのに松葉杖が必要なアブサロム氏の息子。好奇心旺盛な彼は見知らぬ男に話しかけ、男の方も聞いたこともないようなたくさんの物語を語り、二人はあっという間に仲良くなります。
そして、夕方に再びやって来たアブサロム氏がそこで見たものは……
はたして大工の男が作ったものは何だったのか、そして男は何者なのか――それは読んでのお楽しみですが、内容的には非常に寓話的な本作は、しかしジョンという語り手の口を通すことで(作中、時折聞き手の子どもたちの合いの手が入るのも微笑ましい)、軽妙で、そして同時に強く胸を打つ物語となっています。
特に終盤、「彼」と我々との関わりについて語る一文は実に感動的で、恥ずかしながら何度読んでも目に涙が浮かびます。
クリスマスは元々は一宗教の行事、そして今では商業的年中行事に過ぎず、そこで愛と平和を祈るのは、儚く無意味なことで、偽善的ですらあるかもしれません。それでも、これだけクリスマスを祝い、喜ぶ人々が世に溢れているのは、心の何処かでクリスマスが象徴する善きものを信じ、期待しているからではないでしょうか。
そう考えてしまうのは少々センチメンタルに過ぎるかもしれませんが、今日くらいはそんな善意を信じてもいいのではないか――これはそんなとこを考えさせる物語です。
ちなみに本作が収録された「銀のギターのジョン」ものの短編集『悪魔なんかこわくない』(国書刊行会)は残念ながら絶版のようですが、図書館などではよく見かけますし、その他にも英語のテキストも公開されているようですので、興味のある方はぜひご覧ください。