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民俗的怪獣譚 済州島の海に潜む魔 戸川四餡『黒巫鏡談』第2巻
1930年代の朝鮮を舞台に、通常の巫堂では相手に出来ない魔物を討つ「黒衣の巫女」月子の戦いを描く物語に、早くも第二巻が刊行されました。今回この巻を費やして描かれるのは、済州島の海に出没する謎の怪物との対決――男性の乗った船ばかりを襲う怪物を前に、意外な窮地に陥った月子を救うのは……?
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古書店で買った専門書に記されていた朝鮮の「黒衣の巫女」なる存在に興味を抱いた怪奇小説家・巖谷が京城で出会った黒衣の少女・崔月子。彼女こそが黒巫――表に出せない魔物による事件の解決を、朝鮮総督府に委託された人間でした。
その身に「トケビ」を宿し文字通り魔物を叩き潰す月子と、この世のものならぬ存在に「呼ばれる」体質である巖谷は、成り行きからコンビを組み、魔物に挑むことになります。
そんな二人の新たな任務は、済州島で相次いでいる、男性が乗った船が消えるという怪事件の調査。そこで早速怪事に巻き込まれ、海女の少女・梁泳花に助けられた巖谷は、彼女からこの海独特の「鮫公主」の昔話を聞かされるのでした。
その晩、海に向かって儀式を行う月子ですが、そこに出現した巨大な貝の中に、彼女は飲み込まれてしまい……
次々と船が消失する海域、その土地固有の女神譚、そして海から襲い来る巨大な怪物(グエムル)――題材のユニークさはあれど、正調の伝奇譚であった前巻とは大きくムードを変え、今回のエピソードはむしろ怪獣もの的な展開を見せます。
しかし、1930年代という時代、済州島という場所という本作ならではの題材を活かした重苦しいムード(の中に時折すっとぼけたギャグを交え)で描かれる民俗的怪獣譚というべき物語は、やはり本作ならではの内容というべきでしょう。
しかし意外なのは、本作において怪物退治の最終兵器というべき月子が真っ先に姿を消す――しかも男ばかりを狙うはずの怪物によって――という点です。しかしその謎がある種ロジカルに解き明かされる一方で、残された人々によって救出作戦が繰り広げられるという展開は、大いに盛り上がります。
もちろん、直接怪物を討つには月子とトケビの力が必要ながら、しかし巖谷をはじめ残された人々が、自分たちにできる形で(これまた途中にベタなパロディ(?)を交えつつ)動く展開は、先に触れたように重苦しいムードが漂う舞台だけに、一種痛快ですらあります。
そして、閉塞した環境の中で育ち、だからこそ外から来た巖谷に憧れ、怪物と交感してしまった泳花が、自らの意思で立ち上がり、怪物に挑むというのもグッと来る展開で、彼女をこのエピソードの陰の主役と呼んでもおかしくはないでしょう。
さらにその先で語られる「鮫公主」の真実は、「鮫公主」が単純に退治されるべき怪物というだけではないことを示すものであり――だからこそ(手段は滅茶苦茶にバイオレンスなのですが)巫女によって鎮められる意味があるという構造も巧みです。
このように、伝奇ものとして、怪獣ものとして完成度が高いこのエピソードなのですが――巖谷が泳花に一目惚れされるほどイイ男か、という点は、やはりどうしても引っかかるところです。
いや、それも泳花の置かれた環境の厳しさを示すものといえないこともなく、そしてエピソードのラストでとんでもないオチがつくことである意味フォローされているのですが――あまり言うのは野暮とはいえ、今回の物語のメインに関わるだけに気になったのは事実です。
(ま、巻末のおまけ四コマ「黒巫日和」を見ていると、どうでも良くなってくるところではありますが……)
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