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【リタイア】「簡易生命表」で考える60才からの人生戦略


生きるべきか死ぬべきか

イギリスの劇作家であるウィリアム・シェークスピアは、ハムレット「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」と語らせた。

このセリフは近代を迎えた人類の悩みを語った名言?とされているが、現代社会に生きる我々にとっては、そんな使い古されたセリフよりも「何才まで生きるのか何才で死ぬのか、それが問題だ」の方がより切実な問いかけとしてしっくりくる。

何しろ我々は「自分が何才まで生きるのか」を死ぬ瞬間まで何も知らされぬまま生きているのだ。いつ死ぬかわからなければ、人生の計画も立てようがない。

それでも、若い頃はなぜだか謎の自信があって人生が永遠に続くような感覚で生きているため、あまり問題は生じないかもしれない。

問題は、定年退職を迎えて残りの人生をどう生きようかと思案し始める還暦の頃だ。我々は定年後の人生をどのような戦略を描いていきてゆけばいいのだろうか?

そのためには、「自分が何才まで生きるのか」について一定の答えを出さなければならない。

「自分が何才まで生きるのか」を考える時にヒントとなるのが、厚生労働省が毎年発表している簡易生命表である。

この記事では、簡易生命表を参考にして60才からの人生戦略について考えてみたい。


簡易生命表

先ごろ、厚生労働省から令和5年簡易生命表の概況が発表された。前年の統計データが翌年の7月にまとめて発表される仕組みであるらしい。

報道陣向けに発表しているポイントは以下のとおりだ。

※余談ではあるが、日本のマスコミは長文の元資料を読み込むことなく、このような役所がA4一枚で要点をまとめてくれた資料に基づき記事を書いているらしい。
簡易生命表のような統計資料では大きな問題にはならないかもしれないが、令和の時代になっても大本営発表をそのまま垂れ流しているようでは、残念ながらマスコミのチェック機能は果たせていないようだ。(余談了)

令和5年簡易生命表を公表します, 厚生労働省, 2024.07.26

平均寿命に関しては、コロナ禍の影響でここ数年は短くなる傾向であったが、昨年は3年ぶりに反転して再び上昇傾向に転じている。名実ともにコロナ禍は終息したようだ。

また、相変わらず日本は世界でも指折りの長寿国だということがわかる。

  • 男性の平均寿命:81.09才 世界第5位

  • 女性の平均寿命:87.14才 世界第1位

平均寿命とは、各年齢の死亡率を統計データから算出し、その死亡率が将来的に変わらないと仮定した場合に0歳児が平均して何才まで生きるかを計算した値を言う。

実際に死亡した人の年齢を平均して平均寿命を求めているわけではないのだ。

平均寿命は現時点での国民全体の健康度を表す指標とも言える。医療の進歩や公衆衛生の改善などで各年齢での死亡率が低下すれば、計算上の平均寿命も改善する仕組みだ。

だから、平均寿命が延びるのは社会が安定し成熟していることを意味している。戦乱や疫病の流行る国では平均寿命は驚くほど短いのだ。

下記グラフは、仮に10万人出生した場合に各年齢での死亡数がどのように分布するかを示している。グラフの山が高いほど、その年齢での死亡数が多いことを意味している。

「令和5年簡易生命表の概況」を基に筆者がグラフ化

このグラフから、さまざまなことが読み取れる。


分布の男女差

まずわかることが、死亡数分布の男女差だ。男性に比べて女性の方が分布が高年齢側に偏っている。原因としては以下のことが考えられる。

  1. 生物学的な差(先天的要因)

  2. 社会的ストレスの差(後天的要因)

  3. 生活習慣の差(後天的要因)

生物学的な差:
女性は生物学的に子供を産み育てる性であり、元々体のつくりが男性に比べて丈夫にできている可能性が考えられる。それを裏付けるように、昔は一姫二太郎が育てやすいとされていて、乳幼児の男児死亡率は女児よりも高い傾向があった。

社会的ストレスの差:
女性の社会進出が進んだ現代社会においても、男性の方が大きなストレスを抱えながら仕事をしているケースが多いのが実情だろう。

生活習慣の差:
独身男性の死亡率が既婚男性に比べて有意に高いことからも予測できるように、栄養バランスを欠いた食生活を送る確率は男性の方が高いだろう。

どの要因がどの程度効いているかは不明であるが、これらの要因の総合で死亡数分布の男女差が生じているものと考えられる。


分布の形状

男性、女性に関わりなく死亡数の分布にはピーク年齢が存在する。そして、ピーク年齢から離れるにしたがい死亡数が徐々に減少している。

ピーク年齢は典型的な死亡年齢であり、さまざまな個体差により死亡年齢が前後にばらつきを持っているのだ。

また、よく見ると死亡年齢の分布は対称な形状ではなく、低年齢側により広く裾を引いていることがわかる。これは、病気や事故など偶発的な要因で死亡する人が一定数いることを意味している。

死亡年齢の分布が非対称な形状をしているため、平均寿命(グラフの点線)はピーク年齢とは一致せず、ピーク年齢よりも若干低い年齢となっている。

  • 平均寿命:81.09才(男)、87.14才(女)

  • ピーク年齢:88才(男)、92才(女)


早死リスクと長生きリスク

死亡年齢の分布にはけっこうな幅が存在するため、自分の死亡年齢を想定するときに平均寿命などというものはまったく当てにならない。「いつ死ぬかは神のみぞ知る」のだ。

資産運用の世界では運用結果のばらつきをリスクと呼んでいて、「運用結果は確率的にしか把握することができない」とされている。

死亡年齢においても事情は同じで、死亡年齢の分布というリスクが存在する限り、「いつ死ぬかについては確率的にしか把握することができない」のだ。

死亡年齢のリスクについては下記2種類が存在し、60才からの人生戦略について考えるときは、そのどちらも重要である。

  • 早死リスク:平均より早く死亡するリスク

  • 長生きリスク:平均より長生きするリスク


60才からの人生戦略

上記を踏まえて、我々はどのような人生戦略を採用すべきだろうか?

もし、あなたが今60才だと仮定してみて、あと何年生きる可能性があるかを確かめてみよう。

下表は、60才まで生きた人の余命確率を計算した結果だ。
表の見方であるが、60才の人が100人いたと仮定して、例えば人数が50%(50人)になる年齢は、男:84.9才、女:90.4才であることを示している。

60才からの余命確率, 「令和5年簡易生命表の概況」から筆者が計算


やりたいことは早死リスクで考える

近頃は死ぬまでにやりたい100のことの類のリストを考えるのがブームのようだが、これは有限な残り時間を後悔しないで生きたいというムーブメントの1つなのだろう。

実際、やりたいことをやれずに死の瞬間を迎えたら死んでも死にきれない思いをすることだろう。

だとすれば、「やりたいことはすぐにやるべきだ!」と思う。

今60才の男性は、上記の余命確率表によれば10年後の70才までに10人に1人が死亡する計算だ。自分がその中に含まれないと断言できる人はいるだろうか?

今の会社員の雇用制度では、60才で定年し65才まで再雇用で働くことが一般的であり、さらに企業に対しては70才までの雇用努力が課されているため、リタイア年齢は延びる一方だ。

しかし、早ければ70才で死亡するかもしれない命の現実を知ったら、再雇用などに応じて働いている場合だろうか?

一生働き詰めで、リタイアした途端にポックリ死んでしまって人生を後悔しないだろうか?

もし自分で生きたい人生があるなら、60才からの身の振り方は、よーく考えた方がいい。

もちろん、生涯現役で働くことを生きがいとする人がいても構わない。その人は、それが生きがいであるならば体の動く限り働けばいい。

いずれにしても、死ぬ時に後悔しないためには、早死リスクを想定して行動することが肝要であることに変わりはない。


資金計画は長生きリスクで考える

それとは反対に、資金計画については長生きリスクを十分考慮する必要がある。

これはリタイア後の生活費としては、僅かばかりの年金と資産の取崩しか当てにできないためだ。平均より長く生きてしまった場合でも対応できるように想定しておく必要がある。

どこまで想定しておくかという問題であるが、99%の確率まで考えておいたら十分だろう。上記表でいうと生存率1%の年齢だ。

  • 男性:100.9才

  • 女性:104.0才

この年齢まで資金が尽きないように、資産の取崩しをコントロールするのだ。

もちろん、この年齢では資金管理は不可能であると考えられるが、残された子や孫に迷惑がかからないように資金的な準備だけはしておきたい。

資産の取崩し方法については別記事に書いているので参照して欲しい。


まとめ

この記事では、簡易生命表を参考にして60才からの人生戦略について考えてみた。

結論としては、以下だ。

  • やりたいこと:早死リスクを考えて、なるべく早くやっておく

  • 資金計画:長生きリスクを考えて、資金が尽きないように計画する

この結論は、人生戦略などといった大層なものではないが、人生後半期の大事な指針であることに違いはない。

忘れないでおこうと思う。


※この記事は、個人の見解を述べたものであり、法律的なアドバイスではありません。関連する制度等は変わる可能性があります。法的な解釈や制度の詳細に関しては、必ずご自身で所管官庁、役所、関係機関もしくは弁護士、税理士などをはじめとする専門職にご確認ください。
また本記事は、特定の商品、サービス、手法を推奨しているわけではありません。特定の個人、団体を誹謗中傷する意図もありません。
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