『掟上今日子の推薦文』西尾維新 作品論
掟上今日子の推薦文
掟上今日子シリーズ第二弾。今回の語り手(念の為、語り手とは小説における物語の内容を読者に語る人)は親切守(以下守)。
守は大学を卒業し、夢であった何かを「守る」仕事である「警備員」として働き始める。美術館の警備を任せられた彼はそこで、寝ると記憶がリセットされてしまう探偵「掟上今日子」、絵が抜群に上手い少年「剥井陸」、額縁匠「和久井翁」の3人と出会い、その出会いを通じてある事件に巻き込まれていく〜という話である。
まず、この小説の特筆すべき点はとにかく没入感がすごいことである。
なぜ没入感があるのか考察していく。
まずは、有体で申し訳ないが文章がシンプルなことである。無駄にこねくり回した表現は無く、守が見たこと、感じたことを素直にそのまま表現している「だけ」である。
しかし、そのシンプルな表現がまるで自分が守になったかのように読者が感じるようになる効果をもたらしている。守自身のキャラクターがまさにどこにでも居そうな常識的な人物ということもそれを後押ししているのだろう。
もう一つ没入感を感じさせるポイントとして「謎の深さの提示の順番」がある。
物語の構造として、一つ目の「謎」で今回の登場人物たちの人となりの紹介、二つ目の「謎」で物語の盛り上がりをつくる。
正直、一つ目の「なぜ絵の値段が2億から200万に1日で値下がりしたのか」という謎に関しては読み進めていく時点でヒントが大量に与えられ、賢明な読者であればその謎の答えにある程度気づけるだろう。この一つ目の謎をあえて容易に解けるようにすることにより、読者が置いてけぼりを食らわず、推理に参加している感覚を味わうことができるのだ。
もう一つ読者にとって易しいのが、登場人物が少ないことである。推理小説でありがちなのが登場人物が多く、誰が誰なのか分からなくなってしまう現象がある。なぜ推理小説にそれが多いのかというと読者に犯人を容易に推理させない為だと想像するが、それが物語のスピード感を殺してしまう現象がよく見られるのだ。
その点この物語は基本的に守含め上記に挙げた4人を把握さえしていればまず問題無く読み進められる。では、なぜ登場人物が少なくてもこの物語は成立したのか?それはそもそもこの物語が犯人が誰かを当てることに重きを置いていないからだ。
(ネタバレ注意⚠️)
結局、犯人は剥井くんだった訳だが、そもそも読者が知りうる中で主要な人物は掟上今日子、親切守以外に被害者の和久井翁と剥井陸なので、必然的に剥井くんではないか?と誰でもたどり着くことができる。
では、この物語において推理するべき謎が無いのかというとそうでは無い。
芸術家たちを集めたマンションで和久井翁は何をしようとしているのか?警備員を雇ってまで作りたい作品とは何なのか?そして、犯人が剥井くんなのであればなぜ和久井翁を刺すという行為に至ったのか?という「who(誰が犯罪を犯したか)や「how(どうやってその犯罪を遂行したか)」では無く「why(なぜその行為をしたのか)」の謎に重点が置かれている。
その謎に対して掟上今日子は少ないヒントで守よりも(そして読者よりも)はるかに早く、答えにたどり着く。そして守と読者を丁寧にリードしつつ種明かしを行い、さらに剥井くん(犯人)に対して自供まで(まるで童話「北風と太陽」の太陽のように)誘う。見事な筋書きであり、爽快感のある種明かしだった。まさにシャーロックホームズとワトソンの間柄のような関係を掟上今日子と守で再現し見事成功していると言えるだろう。
王道の物語をいきながら、掟上今日子の特殊で魅力的なキャラクターを活かした最高の推理小説だった。出来ることなら私も掟上今日子のように記憶を失くして、もう一度この小説の面白さを味わいたいものだ。
下記にレポートに使いたい大学生向けに要点をまとめています。
作者の描写による没入感の創出: 作者はシンプルな文章で物語を描写することで、読者が守の視点に入り込んだかのような感覚を味わえる。このシンプルな表現は読者に没入感を与える要素となっている。
登場人物の少なさが読みやすさに繋がる: 物語の登場人物が少なく、守を含めた4人に絞られているため、読者は誰が誰なのか迷うことなくストーリーを進めることができる。この登場人物の少なさによって読みやすさが実現されている。
読者の推理を促す謎の提示の順番: 物語は一つ目の謎で登場人物たちの人となりを紹介し、二つ目の謎で物語の盛り上がりをつくる構造になっている。一つ目の謎はヒントがあえて与えられているため、読者は推理に参加している感覚を味わうことができる。
掟上今日子のキャラクターが魅力的: 掟上今日子は探偵でありながら、少ないヒントで主要な謎の答えに早くたどり着くことができる。彼女の鋭い推理力と守との関係は、シャーロックホームズとワトソンのような魅力的な関係を再現している。
推理の対象が「なぜ」に重点を置く: 物語では犯人の特定や犯罪の遂行方法に重きを置かず、「なぜ」その行為が行われたのかに謎が置かれている。この「なぜ」の謎に対する種明かしは爽快感があり、物語を締めくくる最高の要素となっている。