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マスター~回想録~vol.3
MIAT FLAG MAGAZINE vol.3 2020.10.08より
いつもの喫茶店の前を通る
窓には自分が映っている。
どちらかというと、足早に通り過ぎる、
といったほうが正しい。
通り過ぎる瞬間に、店の中を一瞬、
横目で確認するのだ。
だが、いつも見えるのは窓に映った自分の顔。
店の中が暗すぎるのだ。
特に奥が見えない。
大事なのは、ふと店に入った時に、
上級生がいるかどうかなのに。。
ついに私は、
窓に額をつけて確認する。
エアコンの室外機が縦に重ねられていて、
窓の半分を覆っている。
この室外機のタワーが、
いかにも「入ってくるな」
と言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
室外機に体を隠して、
顔だけ窓に押し付けて見る。
よし、どうやらいないようだ。。
「こんにちは~」
「はい、いらっしゃい。
どうしたの?ヤモリみたいになってたよ。」
マスターに一部始終を見られていたのである。
店に入ってわかるのだが、
外から中は、信じられない位よく見えないのに、
中から外は、信じられない位よく見えるのだ。
「店の前、何回も行ったり来たりして」
「はい…すみません…」
そういえば、
店の外に探偵のポスターが貼ってあった。
まさか、
マスターは探偵もやっているのだろうか?
そんな余計なことを逡巡し、
入り口で突っ立ていると、
「中に入りなさい」
「はい…」
・・・
ふと、
入ってすぐの棚の裏に、ただならぬものを感じた。
しまったっ…
「はっ、ちっ、ちはっうぁ!」
嗚咽のごとき挨拶
最上級生は、完全に気を消していた。
最上級生になると、そんなこともできるのか。。
レベルの違いを見せつけられた私は、
店頭に茫然と立ち尽くすのみだった。。
・・・
外から死角のその席は、一つ上の先輩から、
「要注意ポイントだから」
と後から教えられた。。
(早く言ってくださいよ…)
マスターは大笑い。
(早く言ってくださいよ…)
とはいえ、喫茶店の中は、
普段なかなか話せない先輩と、マスターとで
楽しい時間が過ごせる。
厳し過ぎた上下関係を
美化したいわけではない、
ただ、そういうことも含めて、
当時のことは、今となっては、
凛とした、美しい思い出だったような
気がするのだ。
決して、戻ることはできないのだが。