ショパンのクリスマス

「ショパンのクリスマス」と聞いて、「お、もしかしてスケルツォ1番のネタかな?」と思う人はどれくらいいるのだろうか。

今回書きたいのはそのことではなく、1825年---15歳のショパンのクリスマスに思いを馳せることにしたい。

1825年の12月24日、クリスマスイヴの夜。
クリスマスの食卓につく前、ショパン少年は空腹にも関わらずペンを取り、親友ヤン・ビャウォブウォツキへの手紙を書き始める。ショパン少年はなかなかの筆不精だ。それなのになぜ、わざわざ空腹を耐えつつ手紙をしたためたのか。原文のポーランド語の一部を以下に引用してみる。

"Nigdy byś nie zgadł, skąd ten list wychodzi!"
「君は絶対当てられないよ、この手紙が一体どこから出て行くのかを!」

挨拶もそこそこにそう切り出す。なんとも魅力的な冒頭。先を読みたくなる。どこから?見当もつかない!手紙を受け取ったヤンにでもなった気分だ。

" Pomyślisz, że z drugich drzwi pawilonu pałacu Kazimirowskiego?"
「カジミエシュ宮別棟の二番目の扉からだと思う?」

まだ焦らされる。

カジミエシュ宮は、1825年当時、ショパン一家が住んでいた場所だ。(かつて国王が住んでいたが、この時には士官学校になっており、更に1825年の10月にはワルシャワ高校がここに移設された。ワルシャワ高校はショパンの父が教師として働いていた。)
正門側から数えて二番目の扉から入る区画だったため、ショパンはこう書いたのだろう。絶対に当てられないと言いながら、手紙の向こうのヤンに、クイズのように問いかける。今なら自宅以外からでも気軽にメッセージが送れてしまうから、「どこから送ってると思う?家からだと思うでしょ?!」とはなかなか言えない。

"Nie. No, to może, może z, z... Nie myśl skąd, bo nadaremnie, oto z Żelazowej Woli. "
「違うんだよ。じゃあそれなら、それはどこからなのか、どこから…なんて考えても無駄だよ、これはね、ジェラゾヴァ・ヴォラからなんだ。」

ようやく答えを与えられたというのにどこのことやら…という人もいるだろう。ジェラゾヴァ・ヴォラとはポーランドの村の名前、ショパン出生の地だ。首都ワルシャワから54キロほど離れている。ショパンが生まれてまもなく、一家はワルシャワに引っ越しているため、ショパンが幼少期を過ごした場所ではない。ただ、ショパンは(姉ルドヴィカも)この地を気に入っていたらしく、何度か訪れていたようだ。自然豊かで美しい場所なので、ワルシャワのような都会で過ごしていると時折行きたくなるのかもしれない。

「絶対に当てられない」だの「考えても無駄だ」だのと答えを焦らしてふざけているのが可愛らしい。線が細く女性的で病弱なイメージがつきまとうショパンだが、ユーモア溢れる陽気な一面があるのだ。いたずらっぽく笑う15歳の少年を想像しながら読みたい手紙だ。
しかし、やはり食欲には勝てないのか、「お腹が空いているから、手紙が短くても驚かないで」なんていうようなことを書いている。確かに、空腹の時に長々と手紙を書くなんて出来ない、うん。
それでもショパン少年は親友ヤンに、ジェラゾヴァ・ヴォラに来ている喜びを伝えたかったのだ。少しでも、ほんの数行でも書いて、その喜びをヤンに届けて分かち合って欲しかったのかもしれない。それでも、すぐに伝えられるわけではない。「もうそろそろヤンに届く頃だろうか、読んでくれただろうか。僕の喜びがたった今ヤンに伝わっているかもしれない」そんな風に思って、もう一度その喜びを取り出して楽しんだ瞬間もあったのでは。離れている大事な人に、自分の感情を伝えるまでの時間。このクリスマスイヴのショパンの手紙は、そんな時間についてしみじみと考えさせてくれる一通だと思っている。

いま、私たちは自分の喜怒哀楽を、出来事を、瞬時にシェアできる時代に生きているし、ショパンが生きた時代よりもずっと短い時間で顔を合わせることが出来る。その気軽さが逆に邪魔をして「まぁ後で言えばいいか」などと思って結局伝えないことも少なくない。それが悪いと言っているわけではない。むしろ今を生きているからこそ、時にこんな風に手紙に思いを巡らせ、「伝える」ということについて考えるのもいいのではないだろうか。

それでは、良いクリスマスを!


□■□宣伝と後記□■□
お読みいただきありがとうございます。いつもショパンの可愛さを伝えようと書き始めますが、今回は、当時と今の、人に何かを伝える時間の長さの違いを考え、意外に「エモい…」という気持ちが残りました(笑)

ショパンの書簡集を読んで、内容と解説含めて、覚えておきたいことなどを一心不乱にノートに書くのが今の自分の密かな楽しみです。ポーランド語は独学で始めてまだあまり経っていないので、訳は拙いですが、正しく内容を伝えられるよう心がけています。
ショパンの手紙の魅力を伝えたくて、企画したショパン本の中で手紙に関する連載を始めました。手紙だけでなく様々な角度からショパンを語る一冊となっているので、お手に取っていただけたら幸いです。全力でふざけて全力で真面目な内容です。
通販
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□■□参考文献□■□
国立ショパン研究所
https://pl.chopin.nifc.pl/chopin/letters/search

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